消火器台改良。意識の問題?。インフルと同じ。≪死との約束≫。

  朝から、曇り。 布団を干すどころではない陽気。 気温も低くなりました。


  昨日作った、消火器台ですが、転倒防止板の作りが、あまりにも、おぞいので、作り直しました。 作り直しても、所詮、「まあまあか」の程度の内ですが、少しは、マシになりました。 そうめんが入っていた木箱を解体した材料なので、あまり、見事な仕上がりを求める方が無理なのでしょう。


  新型肺炎の話。

  分科会の会長が、さらっと、恐ろしい事を言っていました。 言葉通りではありませんが、「流行が終わるまでに、3年はかかる。 死者が減り、インフルエンザ並みに、人々が感染を恐れなくなったら、終わる」というもの。

  何が恐ろしいといって、まず、「人為的な収束」を、すでに、諦めてしまっているという事。 いや、「すでに」ではなく、最初から、人為的収束なんぞ、考えた事が一度もないのかもしれません。 分科会は、第3波が始まってから、危機感を露わにする態度に変わったのですが、それは、医療崩壊が始まって、医療界から怨嗟の声が上がったからであって、消極的な反応に過ぎず、何かしらの対策を取って、積極的に収束させる気なんか、最初から、今に至るまで、なかったのでは?

  その気もなければ、収束させる手段も知らないのだと思います。 「自分達は知らないから、知っている中国や、台湾、ニュージーランドから学ぼう」という気もない。 外国に教えを請うなんていうのは、自分達の仕事ではないと思っているのでしょう。 

  次に恐ろしいのは、「自然終息」のゴールを、「人々の意識が変わった時」としている事。 インフルエンザと同じように、毎年、かなりの死人が出ていても、気にされないウィルスがあるので、それと同じ扱いになれば、終わる、というわけです。 つまり、それまで、緊急事態宣言を出したり、解除したりしながら、騙し騙し乗り切ればいいと考えているわけだ。

  これも、ぞっとする発想です。 そもそも、意識の問題ではないと思いますが、それは、とりあえず、措いておくとして、人々の意識が、3年で変わるという、根拠が知れぬ。 そんなアバウトな事、5年かかるか、10年かかるか、分からないではありませんか。 また、人々の意識が変わっても、実際の感染は続くわけですから、その間ずっと、医療崩壊の瀬戸際では、医療関係者は、参ってしまいますし、コロナ関連死も減りません。

  コロナ禍の本質を、単に、人々の意識の問題だというのなら、今すぐにでも、感染者の検査をやめ、認定感染者数の発表をやめてしまえば、情報が行き渡らなくなるので、インフルエンザと同じ扱いになり、それで、終息だと言うのなら、終息します。 医療崩壊や、死者が出続ける事に変わりはないですが、報道されなければ、知らぬが仏なので、誰も気にしなくなるのに、一ヵ月もかからないでしょう。

  一億歩くらい譲れば、一つの解決法と考えられないではありませんが、中国、台湾、ニュージーランドなど、正攻法でゼロにしている所と比べると、無手負流の極致ですなあ。 感染者ゼロを実現している所の衛生当局者が聞いたら、「そんな事しか思いつかないのなら、感染症学者なんぞ、要らんわ」と、心底、呆れ果てる事でしょう。


  ところで、「インフルエンザと同じ」というのは、コロナ禍の最初の頃から、言われていましたが、コロナ禍を経てきて、分かった事が一つあります。 インフルエンザで、毎年、1万人死んでいたのは、多くの人がマスクをする事で、防げたという事です。 新型肺炎対策で、マスクをする人間が増えてから、インフルエンザの流行が起こらなくなったのですから、確実。 もし、それが、11年前に分かっていれば、去年までに、10万人が死なないで済んだわけです。 でかい数字だな、10万人は。

  「インフルエンザの死者なんて、誰も気にしていない」なんて考え方の方が、間違っていたわけだ。 もし、特定カテゴリリーの事故や事件で、年間1万人死んでいたら、大震災並みの大ごとですが、インフルエンザも、そのくらい、騒ぐべきだったのです。 不可抗力と諦めていたから、気にして来なかっただけで、気にするべきだったのです。 避け方が分かった以上、年間1万人の命を助ける為に、マスク装着を続けるべきでしょう。



≪死との約束≫
  アガサ・クリスティーさん原作、三谷幸喜さん脚本、野村萬斎さんが、探偵・勝呂(ポワロ)役の、スペシャル・ドラマ第三弾。 ちなみに、第一弾は、≪オリエント急行殺人事件≫。 第二弾は、≪黒井戸殺し(アクロイド殺し)≫。

  家族内で、暴君的に君臨していた女が、家族と共に全国旅行をしている途中、熊野古道で、毒物を注射されて、殺される。 一人ずつ、彼女が殺される前後に接触したという家族の証言には、矛盾するところがあり・・・、という話。

  うーむ・・・。 推理物で最も退屈なのが、「関係者達への聞き取り」場面ですが、このドラマ、かなりの長さが、その聞き取りに当てられており、うんざりします。 また、証言に嘘が含まれていると、読者・視聴者は、全く推理ができないのですが、このドラマでは、何人もいる関係者の証言が、軒並み、嘘だらけなのですから、推理、つまり、犯人当てなんぞ、到底できるはずがなく、ただ、受動的に見ているしかありません。

  謎解きは、ほど良い長さ。 因縁話の部分も、ごく短くて、さらっとしており、助かりました。 やはり、こうでなくては。

  専ら、勝呂探偵の変人キャラだけが、喜劇的要素として機能していますが、探偵を変人にしてしまうと、存在が軽くなって、謎解きを真面目に聞く気が殺がれてしまうのも、事実。 しかし、喜劇的要素が全くないのでは、三谷幸喜さんが脚本を書く意味がないから、致し方ないですな。