7705 ≪松本清張全集 39 遠い接近・表象詩人≫

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≪松本清張全集 39 遠い接近・表象詩人≫

松本清張全集 39
文藝春秋 1982年11月20日/初版 2008年9月10日/4版 
松本清張 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編1、中編4の、計5作を収録。 前回が、全集40だったので、そこから、遡っていく予定。 なぜ、41に進まないかというと、先に、晩年の作品を読んでしまうと、最終作を読み終わった時点で、興味が失せてしまうかも知れないからです。 依然として、4から10までは、他の誰かが借りている模様。


【生けるパスカル】 約76ページ
  1971年(昭和46年)5月7日号から、7月30日号まで、「週刊朝日」に連載されたもの。

  画家である夫を支配し、稼いだ金は、みな取り上げてしまう妻がいた。 夫の浮気に対して、ヒステリーを起こし、殺意すら匂わせる妻に辟易した夫が、妻を殺す事を考え始める話。

  結婚に失敗した男が、自分を死んだ事にして、人生をやり直すという、イタリアのノーベル賞作家、ピランデルロの作品や、ピランデルロ自身の生涯からヒントを得て、支配者にして精神異常者である妻から逃れようとするわけですが、画家本人が死んだ事になるわけではないので、ヒントがヒントになっておらず、その点、齟齬があります。

  前半は、配偶者論というか、ヒステリー論というか、硬い内容でして、あまり、面白くありません。 殺害計画が出てくる辺りから、興味が湧いて来ますが、前半後半で、噛み合っていない観あり。 こういうパターンは、松本清張さんの作品では、少なくないです。

  妻のヒステリーばかり、非難していますが、それ以前に、その原因になっている夫の浮気性を非難しないのは、片手落ちもいいところです。 つまりその、松本さん自身が、「浮気は男の甲斐性」を信じていたんでしょうねえ。 その考え方そのものが、今となっては、セクハラですが。


【遠い接近】 約226ページ
  1971年(昭和46年)8月6日号から、翌72年4月21日号まで、「週刊朝日」に連載されたもの。

  戦時中、町内会の訓練に出なかったばかりに、役所の人間から睨まれて、衛生兵として召集されてしまった男が、非人間的な軍隊勤務を耐え忍んで、敗戦を迎えたが、復員した時には、家族はみんな、戦災で死んでいた。 自分を徴兵した人物を探し出し、恨みを晴らそうとする話。

  前半は、軍隊生活が部隊で、特別な興味がある人以外は、読んでいて、気分が悪いだけです。 こんな腐れ切った組織が、うまく機能するわけがないと、結果を見るまでもなく、想像がつきます。 しかし、戦後日本にも、こういう腐れた組織は、無数にあるわけで、その代わり映えのなさには、げんなりしてしまいますな。

  後半は、戦後の闇市社会が舞台になり、軍隊的緊張が解けて、ほっとしますが、満足に飯も食えないほど、社会が混乱していたので、生存能力が乏しい人達にとっては、非戦地勤務の軍隊よりも、死が近くにあったと言えます。 幸い、主人公は、軍隊時代の知人と再会したお陰で、飢え死にの恐怖からは逃れるのですが、その知人というのが、問題なんだわ。

  復讐の件りは、割と、ありふれたもの。 犯行が露顕しないように、トリックを使うのですが、あれこれ、小細工を弄し過ぎて、失敗するというパターンです。 他の部分が、純文学風なので、この部分だけ、木に竹という感じがしますが、松本作品では、そういうのは、多いです。

  自分を召集者名簿に載せた人間を捜し出し、復讐するという話なのですが、現代社会でも、リストラで職場を追われるなど、他人の恣意で、人生を変えられた経験がある人なら、この復讐に、違和感を覚える事はありますまい。 信じられないほど、下らない理由で、他人の人生を目茶目茶にしてしまう奴というのは、実際に存在するのです。 「そんな奴は、殺すべし」とまでは言いませんが、何かしら、天罰が下って、然るべきでしょう。


【山の骨】 約55ページ
  1972年(昭和47年)5月19日号から、7月14日号まで、「週刊朝日」に連載されたもの。

  別々の場所で発見された、性別の違う、二つの白骨死体。 どちらも、白骨化してから、移動された形跡があった。 警察が、二つの遺体の関係者を調べて行ったところ、たった一人、接点になる人物が出て来て、そこから、両事件の関係が、解きほぐされて行く話。 

  冒頭、短編小説論から始まりますが、事件の本体部分とは関係がなく、単なる話の枕になっています。 「あまり短いと、細部の描き込みができなくなるから、ある程度の長さは必要だ」と言いたいようですが、それなら、こんな枕はつけずに、さっさと、話を始めればいいのに、と思わないでもなし。 何かしら書き始めないと、執筆意欲が出て来なかったのかも知れません。

  本体部分は、面白いです。 バラバラで関係ない出来事が並べられて、読者には、事件の全貌が分かり難いのですが、それが、次第に、一本の線に繋がって行き、最後は、一点に集中する、その過程が、実に、ゾクゾクさせてくれます。 網走刑務所から出たばかりの男が、迎えに来た実の父親に、「山へ行こう」と誘う辺り、背筋に冷たいものが走るほど、怖いです。


【表象詩人】 約96ページ
  1972年(昭和47年)7月21日号から、11月3日号まで、「週刊朝日」に連載されたもの。

  小倉で、小説家を志していた青年が、少しでも、文芸の雰囲気に触れようと、詩作をしている友人達と交際していた。 詩作論を戦わせる為に先輩の家に出入りしていたが、その先輩の妻が、東京出身の垢抜けた女性で、青年達の憧れの存在だった。 盆踊りの夜に、その女性が殺され、青年達が容疑者となるが・・・、という話。

  冒頭近くから、しばらく、詩作論が続き、興味がない者には、大変、つらいです。 詩作とは、こんなに理屈っぽいものか。 根底に理論が必要だというのは分かりますが、こうと、ガチガチに硬いのでは、感性の方が麻痺してしまいそうです。

  次第に、詩作理論から、登場人物の人間観察に移行し、読み易くなります。 更に進むと、殺人事件が起こって、そこからは、完全に、推理小説になって、読者の興味を引っ張って行きます。 松本作品には、こういうパターンが多い。 学術理論を、話の枕に使っているわけだ。

  推理小説部分は、あまり良くなくて、松本作品にしては、ゾクゾク感が足りません。 謎解きが、40年も経った後に行なわれるのも、時効はもちろん、記憶さえ曖昧になっている時間経過があり、興を殺ぐところがあります。 「誰がやったか」のケースですが、書き手が勘違いをしていたという謎の解き方で、つまり、書き手からしか情報を得られない読者も勘違いせざるを得ず、犯人を推理するのは、困難です。


【高台の家】 約47ページ
  1972年(昭和47年)11月10日号から、12月29日号まで、「週刊朝日」に連載されたもの。

  中国西域地方について書かれた、帝政ロシアの書物を探していた若い大学教授が、すでに他界した蔵書者の家を訪ねて行ったところ、その未亡人と、舅姑が、まだ一緒に住んでおり、若い未亡人の話し相手として、複数の青年達が、屋敷に出入りしていた。 未亡人の男癖が悪いのかと思ったら、実は・・・、という話。

  例によって、「中国西域地方について書かれた、帝政ロシアの書物」は、話の枕で、その関連で出会った人達の人間関係を観察している内に、事件が起こり、というパターンです。 それにしても、短編を書くたびに、枕として、こういう特殊な専門領域について調べるのは、大変だったでしょうな。 ロシア語の原綴りも出て来ますが、話の本体とは、何の関係もないのだから、その凝り方に驚いてしまいます。

  起こる事件は、痴情の縺れでして、結局、犯罪に関係する人間の本性とは、金銭欲と性欲が、ツー・トップで、学術的興味なんて、話の枕程度にしかならないわけだ。 それでも、何の知性も感じさせない短編よりは、興味を引かれるところがありますかねえ。 枕の内容と、事件の内容が、密接に関わっていれば、もっと面白くなると思うのですが。

雨。マスク世相。

  終日、降ったリ、やんだり。 新聞パズルと、パソコン作業、そして、昼寝で暮れました。


  朝、燃やすゴミを出しに行こうとしたら、集積所に、傘をさした人が立っているのが見えました。 30メートルくらい手前で止まり、見ていたのですが、立ち去る様子がなく、どうやら、掃除当番の人が、カラス避けに、見張り番をしている模様。 閑人な事よ。 しかも、無マスク。 こちらは、マスクをしていましたが、会話になれば、相手の飛沫を浴びるわけで、戻ってから、体や服を浄化しなければなりません。 朝から、そんな事はやっていられないと思い、今日出すのは、諦めました。

  ゴミを出しに来た人達と、無マスク同士で、ベラベラ喋り捲っていましたが、どちらも、気が知れない。 閑人の癖に、ワイド・ショーも、ニュースも見ておらず、「もう、流行は終わった。 マスクをしていては、ご近所様に、却って、失礼だ」とでも思っているのでしょう。 キチガイ沙汰だ。 東京在住の報道関係者達は、東京のマスク装着率が高いから、地方で、こんな事になっているとは、想像もできんでしょう。

  マスク装着率が高い東京ですら、感染者が急増しているのだから、「もう、終わった」と思って、無マスクで暮らしている人間が多数派になっている地方で、感染が拡大しないわけがないです。 しかし、前にも書いたように、一度、マスクを外した人達に、もう一度、マスクをさせるのは、不可能に近いです。

  こういう人達は、実際に終わったかどうかはどうでも良くて、終わったと思いたい気持ちが猛烈に強いのだと思います。 緊急事態宣言発令中こそ、少しは感染予防の真似事をしていたものの、内心、早く元の生活に戻したくて、うずうずしていたわけで、解除となったら、こっちのものとて、ニュー・ノーマルも、へったくれもありゃしない。 完全に、オールド・ノーマルに戻ってしまったんですな。 そういう人が多い所へ、次の波が来ると、ひとたまりもないわけだ。

7704 ≪HDC-2の写真 2020年6月② 築山≫

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≪写真上≫
  千本浜の方にある、津波避難用の築山(つきやま)へ行ってみました。 この築山を造る時に、松を、かなりの本数、切らなければならなくなり、問題になりました。 手前の松は、生き残ったのか移植されたのか分かりませんが、根が起きてしまったのか、ワイヤーで支えられています。 角度的には、絵になるものの・・・。

≪写真中≫
  築山の櫓の上から眺めた、沼津外港。 鉄屑など、粗っぽいものを扱っており、あまり、馴染みはありません。

  地元では、外港の事を、「港湾(こうわん)」と呼んでいます。 一方、内港の呼び方は、ただの、「港(みなと)」ですかね。

≪写真下≫
  築山の櫓の上から見下ろした、頂上部分と、折自。 ぎちぎちに詰めて、100人くらいは避難できますかね。 私だったら、ここに登るよりも、もっと、内陸へ逃げますけど。 すぐ隣に、幼稚園だか、保育園だかがあり、そこの園児を、津波から助ける為に造ったものですが、やはり、少しでも時間的余裕があれば、内陸へ逃げた方がいいと思います。

買い出し。また雨。

  朝は、雨が上がっていました。 8時15分頃、一人で車で、イオン系スーパーへ買い出し。 レジ袋二つ分買って来ました。


  その後、すぐに、週末作業をやってしまえば良かったんですが、シャワーを浴びたりしていたものだから、午前中を無駄にしてしまい、午後になったら、また雨が降り出して、掃除どころではなくなってしまいました。

  もし、天気がもつようなら、バイクに、エンジンをかけて、一回りしてこようかとも思っていたのですが、そちらは、水泡もいところ。 バイクは、完全に晴れるまで、出さない方が良さそうです。

  それにしても、この長雨には、参りました。 車検を済ませられたのが、奇跡のようです。


  午後1時半頃、ネットの天気予報で、雲の様子調べ、1時間くらいは、雨が降らないと見て、週末作業に取りかかり、何とか、拭き掃除、掃除機かけ、亀の水換えを、やり終えました。

7703 ≪HDC-2の写真 2020年6月① 千本港神社≫

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  6月8日に、折自を出し、HDC-2を持って、沼津港の方へ行って来ました。

≪写真1≫
  内港の風景。 新旧の魚市場も写っています。 漁船が水揚げする外、駿河湾内の遊覧船も出ています。 他の港へ行く航路船は、今はないようです。 利用者がいないんですな。

≪写真2≫
  港の西側には、以前、倉庫や大型タンクが並んでいましたが、いつのまにか、更地になっていました。 たぶん、何かの施設を作るのだと思います。

≪写真3左≫
  千本港神社(せんぼん・みなと・じんじゃ)の鳥居。 この神社は、港口公園(みなとぐち・こうえん)の外港に近い方にあります。

≪写真3右≫
  社殿。 鉄筋コンクリート製。 それにしても、逆光過ぎて、問題外の写真ですな。

≪写真4左≫
  狛犬。 昭和27年と彫ってあります。 戦後の作にしては、戦前風の造形ですな。

≪写真4右≫
  後ろ姿。 尻尾が、アンコール・ワットの「ナーガ」みたいで、面白いです。

雨ばかり。今更騒いでいる。

  終日、雨。 上がったのは、ほんの一時で、ほとんど、降り続いていました。 昼寝と読書。


  車ですが、車検から戻って来て、ホイール・カバーを、まだ着けていません。 雨が降っていても、着ける事はできたのですが、今日はしませんでした。 その理由は、鉄ホイールに、錆が出ており、このまま、蓋をしてしまっていいものか、迷っているのです。

  ホイールを外さなくても、マスキングして、ざっとスプレー塗装する事はできますが、まず、スプレー塗料を買って来なければなりませんし、この天気では、塗装作業など、とてもとても・・・。

  明日、一人で、食料品の買い出しに行きますが、それだけ、ホイール・カバーなしで済ませてしまえば、その次の使用まで、6日間くらい、あるので、その間に何とかしようと、考えています。


  新型肺炎の話。

  認定感染者数が、急増していますが、そもそも、私は、以前から、この発表数字を、実際の感染者数とは全く思っておらず、両者に相関があるとしても、全然、参考にならないくらい、非常に薄いと考えています。 3月頃から一貫して、実際の感染者数は、何桁も多いと思っているので、「今更、何を騒いでいる?」と、奇妙な感じがします。

  これは、皮肉ですが、「日本には、社会的・文化的に、特殊な事情があるから、感染者が少ない。 死者が少ない」と主張して来た人達や、それを真に受けて、「もう終わった」と、マスクをせずに外出しているような人達は、私以上に、慌てる必要はありますまい。 信念を押し通し、「どんなに数が増えても、日本は特殊だから、大丈夫」と、デンと構えていればいいではないですか。 自分が感染しようが、家族が死のうが、「日本は大丈夫だ」と言い続けるべきです。

  これだけ急増していても、まだ、イベント開催制限の緩和を進めるというのには、呆れを通り越して、笑うしかありません。 凄いなあ。 何をどうしていいか、分かっていないだけでなく、何が起こっているのかすら分かっていないのだなあ。 ここまで蒙いとは、新鮮な驚きだ。

  もっとも、たとえ、政治家や専門家、高級官僚が、まともな対策を打ち出したとしても、現場で働く人間の能力が低いので、対策の実行は、絵に描いた餅に終わると思います。 よく聞かれる日本人論の一つに、「目標が決まると、競走馬のように、脇目も振らずに突進する」というのがありますが、それは、能力的にできる場合の話でして、今回の新型肺炎のように、何をしていいか分かっていない事に対しては、右往左往するだけです。

  こうなったらもう、検査結果の、隠蔽・捏造に拍車をかけて、発表数を減らす以外に手がないのでは? そういうのは、日本社会として、得意でしょう。 日本国内で、何らかの組織に属している、もしくは、属していた人なら、様々な場面で、調査・検査の結果に、隠蔽・捏造が、日常的に行われているのは、経験的に知っているはず。 日本人的感覚から言うと、むしろ、外国で、新型肺炎関連数値の、隠蔽・捏造をやっている様子が見られないのは、不思議です。

7702 ≪ドクダミ / 向日葵 / 南天の花≫

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≪写真上≫
  盆栽棚の隙間から繁茂して、花を咲かせたドクダミ。 十字形の可愛い花が咲きます。

≪写真中≫
  プランターの向日葵。 6月3日の撮影。 だいぶ、大きくなりました。 ミニ咲きだから、50センチくらいで、咲きます。 去年は、9株でしたが、今年は、3倍くらい、咲きそうです。

≪写真下≫
  南天の花。 「ライス・シャワー」という言葉がありますが、本物の米以上に、その言葉がピッタリ来るのが、南天の花です。 大変、きらびやか。 花弁が、パラパラと、長期間、落ち続けて、掃除が大変です。 母の話によると、父は生前、花が咲く前に、クラスターを切っていたそうです。 確かに、その方が、始末は良さそうです。