7327 ≪風船魔人・黄金魔人≫

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≪風船魔人・黄金魔人≫

角川文庫
角川書店 1985年7月/初版
横溝正史 著

  家にあった本。 厳密に言うと、母の所有物ですが、私の本棚に入れてあります。 かつて、父方の叔父が、製本会社に勤めていて、うちに来る時には、何かしら問題があって、売り物にならなかった文庫本を、何冊かずつ持って来てくれていたのですが、その最末期の一冊だと思います。

  この、≪風船魔人・黄金魔人≫という本は、横溝正史大ブーム期間中に発行された、角川文庫・旧版の、最末期のものなのでは? これより後というと、≪金田一耕助のモノローグ≫がありますが、それは、随筆集で、それより後というのは、私は、知りません。 あるのかなあ?

  カバー絵は、「暁美術印刷」となっていますが、絵のタッチは、杉本一文さんのそれに、そっくりですな。 本文に挿絵が入っていて、それが、杉本一文さんとあるのですが、えらい簡略な絵で、まるで、別人が描いたように見えます。 少年向けの長編が2作と、横溝正史さんのご家族を交えた座談会の記録が収められています。

  ちなみに、角川文庫・旧版の横溝正史作品では、背表紙の書名文字が、緑色のが、大人向けで、黄色のが、少年向けになっています。 この本は、うちにある唯一の、黄色文字のものです。


【風船魔人】 約116ページ
  1956年4月から、1957年3月まで、「小学五年生」に連載されたもの。

  強力な浮力を持つ気体を発明し、コンパクトな風船に詰めて、馬を持ち上げたり、人形を飛ばしたり、公衆の面前で、派手な実験を繰り返した後、それを犯罪に使おうと目論んでいる一味に、三津木俊助と御子柴進が立ち向かう話。

  ビジュアル的に優れていて、映像化したら、かなり、楽しい作品になると思うのですが、ストーリーの方は、少年向け横溝作品の定番的なもので、さほど、面白くはありません。 伝書鳩に、小型撮影機を運ばせて、その映像から、犯人一味のアジトを特定する件りは、面白い。 横溝さんは、こういう技術的アイデアを、よく思いついた人だったようです。

  新日報社・社長令嬢の、由紀子さん、年中、さらわれる人ですな。 しかも、この作品では、さらわれるだけで、助け出される場面が端折られており、他人事ながら、心配になります。 そういえば、御子柴進も、助け出されないままだな。 いいのか、これで? 当時の読者は、モヤモヤした気分になったんじゃないでしょうか。

  ちなみに、こんなに強力な浮力を持つ気体は、物理学的に存在し得ないのであって、SFとすら言えない、掟破りです。 横溝さんは、理系の教育を受けた人なので、そんな事は百も承知だったに違いなく、「少年向けだから、いいだろう」というつもりで書いたのでしょうが、むしろ、少年向けだからこそ、こういうのは、まずいと思います。


【黄金魔人】 約100ページ
  1957年1月から8月まで、「おもしろブック」に連載されたもの。

  全身が黄金色に輝く怪人が現れ、16歳の少女ばかり、イロハ順に、伊東伊都子、ローズ・蝋山、長谷川花子、丹羽虹子とさらって、黄金人間に変えてしまおうと目論んでいるらしいと分かる。 その裏で、天才科学者を含む、三つ子の老人の遺産争いが絡み、三津木俊助と御子柴進が、謎を解いて行く話。

  基本アイデアは、アガサ・クリスティーの【ABC殺人事件】からの戴き物。 少年向けにしてしまうと、安っぽくなりますな。 自分以外の遺産相続人を片付けてしまおうというのなら、何も、黄金魔人にならずとも、もっと、目立たない方法を取ればいいようなものですが、そこはそれ、少年向けだから、致し方ないところです。

  犯人は一人でやっているのに対し、捜査側は、警察も含めて、大勢いるのに、同じ少女を何回もさらわれてしまうのは、不自然極まりないのですが、そこもそれ、少年向けだから、ストーリーの都合上、致し方ないのでしょう。


  【風船魔人】にせよ、【黄金魔人】にせよ、30分くらいで読み終わるので、眠る前に読むのには、適しています。 子供騙しな部分を、許容して読める人なら、こういう作品を、むしろ、歓迎するかも知れませんな。 頭を使わなくても、スイスイ読めるから。


【座談会 横溝正史の思い出を語る(二)】 約36ページ
  横溝さんの、奥さん、息子さんと、山村正夫さん、編集者の4者で、横溝正史さんの思い出について語り合った内容。 戦前・戦中と、戦後間のない頃の話が中心です。 (二)になっているのは、恐らく、この本の前に出た、≪姿なき怪人≫に、(一)が収録されていて、その続きなんじゃないかと思います。

  人柄が良かった事で有名な横溝さんですが、家族には、当り散らす事が多かったとの事。 人間、どこかしら、憤懣の捌け口がないと、精神状態を維持できないのでしょう。 独り言が多かったというのも、作家という職業が、家族と一緒に暮らしていても、精神的に孤独である事の証明で、よく分かります。