7900 ≪HDC-2の写真 2020年12月 石仏の里・大平巡り④≫

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≪写真1左≫
  「15 大井湧水」から、山へ少し入った所にある、「16 熊野神社」。 由緒を書いた解説板がありました。 中将岩で死んだ、平重衡の息子が、ここまで来て、倒れ、亡くなった。 その亡骸を葬ったのがこの場所で、その後、熊野神社になったとの事。

  ここには、初めて、来ました。 道路から、石段を登って、境内に上がります。 石段そのものが、相当には古いですが、歩き難いほど、磨耗してはいません。

≪写真1右≫
  社殿。 人間が入れないサイズとしては、最大クラス。 屋根は、銅版葺き。 建築と、工芸の、中間的な造形物ですな。

≪写真2左≫
  狛犬。 昭和5年(1930年)とあります。 戦前の狛犬が、戦後の唐獅子タイプの狛犬と、いかに違っていたかが分かります。

≪写真2右≫
  「17 おかんのんさん」。 地図では、「おかんのんさん」、現地の名札では、「お観音さん」になっています。 ここも、石仏・石碑を集めた場所。 数が多いです。

≪写真3左≫
  この潜水具の頭部みたいな物体は、「12 庚申塔」にもありましたが、何なんでしょう? 常識的に考えると、小型の燈籠ですかね? 非常識的に考えると、罪人の頭に、これを被せて、重さで首が前に垂れたところを、バッサリ、切り落としたとか。 そーんな不気味な物を、石仏・石碑と一緒に並べたりしないか。

≪写真3右≫
  「18 中将姫公園」。 この地図は、沼津アルプスの登山者用です。 「中将姫」というのは、平重衡の娘。 解説板によると、姫と奥方がここへ来たとの事。 妻と娘、息子が、父親の死後、別々に、大平へ来たわけだ。 もっとも、平家一門の最後の一人、平重衡が、源氏に追い詰められて、中将岩の上で死んだというのは、伝承に過ぎません。

≪写真4左≫
  中将姫公園の、児童公園部分。 遊具あり。

≪写真4右≫
  中将姫公園の、自然公園部分。 何が写っているか分かりませんが、あずまやがあるほか、山の中を、少し、散策できます。

≪写真5左≫
  中将姫ルートの登り口。 ここから登ると、志下峠に出て、そこから、南へ向かうと、小鷲頭山にある、「中将岩」に至ります。 私は、上から、ここへ下りて来た事がありますが、巨石がゴロゴロしていて、異世界気分満点の登山道です。

≪写真5右≫
  この一枚だけ、2017年11月5日に、「FUJIFILM FINEPIX 550」で撮影。 小鷲頭山の中腹にある、「19 中将岩」です。 わざわざ、ここだけの為に、山に登れないので、以前撮った写真で、代用します。

  大きな岩の塊そのものが、小鷲頭山で、その下にある岩屋に、平重衡が隠れていたとの事。 そこまで追っ手がかかり、中将岩の上まで逃げて、切腹したとされています。 あくまで、伝承。

  今回は、10~19まで。 次回は、来月です。