7593 ≪江戸川乱歩全集⑬ 三角館の恐怖≫

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≪江戸川乱歩全集⑬ 三角館の恐怖≫

江戸川乱歩全集 第十三巻
講談社 1979年9月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 二段組みで、長編2、短編2、連作の第1回の、計5作を収録。 この全集、ヤフオクに出ているのを見つけましたが、何冊か欠けていたので、購入する気になれませんでした。 値段は、2万円以上でした。 買ってもなあ・・・、読み返さないだろうなあ・・・。


【偉大なる夢】 約106ページ
  1943年(昭和18年)11月から、翌年12月まで、「日の出」に連載されたもの。

  国策協力作品で、スパイを題材にしたもの。 戦後の感覚では、読むに耐えません。 数ページしか読まなかったので、梗概は書きません。 この作品の内容を知る必要はないでしょう。 私だけでなく、この全集を読む人の誰も。 全集に収録して、江戸川さんでも、こういう小説を書いていたのだという事実を、後世に伝える事に意味があるというのなら、それを批判はしませんが。

  解題によると、江戸川さんが、戦時中に書いた作品は、少年向けを除くと、これ一作だけだったそうです。 作家としては、干されていたわけですが、一般人として、大政翼賛会の仕事を引き受けていたとの事。 意外だな。

  軍部嫌いの横溝さんには、国策協力の短編が、十作以上ありますが、江戸川さんの方が、その種の作品が少ないのも、意外。 江戸川さんは、戦前、探偵小説界のトップで、人気作家だったから、書かなくても、食べて行けるゆとりがあったんでしょうか。 一方、横溝さんは、その頃、第二列というポジョンだったわけで、家族を養う為に、書かないわけには行かなかったのかも知れません。


【断崖】 約14ページ
  1950年(昭和25年)3月1日から、12回、「報知新聞」に連載されたもの。

  ある女性と、その再婚相手の男が、断崖の上で、女性の前夫をどうやって殺したかについて、互いの記憶を確認し合う話。

  ほとんどが、会話で進みます。 よっぽど大昔の事でもない限り、相手と共有している記憶について、わざわざ会話をする事はないので、その点、リアリティーに欠けます。 会話体にしたのは、作者の都合でしょう。 戦後初の作品で、勘が戻らないので、会話体でお茶を濁そうとしたのが見え見えですが、決して、つまらなくはないです。 犯行の手口は、江戸川作品としては、焼き直しっぽいところがあるものの、もし、この作品で初めて読んだという人なら、「ほーっ!」と感心するようなもの。

  タイトル通り、崖の上が舞台です。 2時間サスペンスで、謎解きや因縁話の舞台が、崖の上になる事が多いのは、もしかしたら、江戸川作品の影響なのかも知れませんな。 犯人が、自殺を考えている、もしくは、目撃者や真相を知った相手を突き落とそうとする、そのどちらかの場合に、崖の上が選ばれるのであって、警察や探偵側が、崖の上に犯人を連れてくるのは、おかしいのですが、2時間サスペンスでは、そんなのも罷り通っていますな。

  国策協力作品の【偉大なる夢】を除くと、1939年の【幽鬼の塔】から、1950年の【断崖】まで、11年間も、探偵小説を書いていなかったのは、大変なブランクです。 横溝さんが、戦時中の断筆期を境に、1.5流の探偵活劇小説作家から、一流の本格推理作家に変身し、成功したのに対し、江戸川さんは、すでに、戦前で、書きたい事は書き尽くしていた観があり、戦後も、5年間、筆を執らなかったのは、そのせいだと思います。


【三角館の恐怖】 約134ページ
  1951年(昭和26年)1月から、12月まで、「面白倶楽部」に連載されたもの。

  父親から、長生きした方に遺産をやると言われた双子が、長生き競争をして、老人となった。 一方が、病気で先に死にそうになり、もう一方に、父の遺言を反故にして、遺産を自分の子供にも分けて欲しいと頼む。 健康な方が、その申し出を断る事を決めた直後、拳銃で撃たれて死んでしまい・・・、という話。

  アメリカの作家、ロジャー・スカーレットの【エンジェル家の殺人】の翻案だそうです。 道理で、面白い。 江戸川さんは、自分が読んで、「これは、面白い!」と思ったものだけ、翻案していたわけで、面白いのは、当たり前と言えないでもなし。 江戸川さんのオリジナル作品とは、似ても似つかないです。

  この作品の場合、地上3階、地下1階の西洋館を、真ん中で仕切って、双子老人のそれぞれの家族が住み、共用のエレベーターがあるという、特殊な舞台にしたのが特徴で、わざわざ、トリックに都合の良い建物を用意したのは、ちと、ズルいですが、そのお陰で、本格トリック物の典型みたいな話になり、全編、ゾクゾクしっ放しです。 これこそが、本格トリック物の醍醐味なんでしょうな。

  探偵役は、警部で、その友人の弁護士が、ワトソン役ですが、三人称なので、弁護士が書いているという体裁ではないです。 ホームズとワトソンというか、ファイロ・ヴァンスとヴァンダインというか、そんな感じ。 おそらく、どちらの影響も受けていると思いますが、戦後作品としては、少し、古い感じがします。 


【畸形の天女】 約18ページ
  1953年(昭和28年)10月に、「宝石」に掲載されたもの。 複数の作家による、連作小説の第1回。

  総入れ歯を交換する事で、別人に変身する術を覚えた男が、この世に存在しない人物として、街をうろつく内に、ある少女と出会い、深い関係になる。 そこへ、その少女の男だと自称する青年が現れて・・・、という話。

  推理物というより、犯罪物。 内容は、緻密で、描写が優れています。 ネタバレにってしまいますが、青年を殺して、埋めてしまう所までで、終わっています。 江戸川さんが担当したのは、初回だけなので、続きがどうなったのかは、分かりません。 全編は、1954年版「探偵小説年鑑」に収録されているとの事ですが、探して読むほど、興味が湧かないです。


【兇器】 約11ページ
  1954年(昭和29年)5月13日から、5回、「産経新聞」に連載されたもの。

  金持ちの男と結婚した女が襲われて、傷を負うが、兇器が発見されない。 やがて、夫の方が殺され、妻襲撃事件の容疑者二人の内、一人が、夫殺害の容疑者として逮捕されるが、本人は否定する。 警察の鑑識課刑事から相談を受けた明智小五郎が、最初の事件の現場に残された割れたガラス窓について、調べ直すように助言を与え、解決に導く話。

  ささやかな短編ですが、そうであればこそ、本格トリック物で、大変、よく纏まっています。 兇器が何かが、メインの謎で、推理物に慣れていると、驚くほどの意外さは感じませんが、別に、瑕にもなっていません。 普通に楽しめます。

  明智小五郎と本格トリックの組み合わせは、短編の方が、断然、相性がいいです。 本来、頭脳を使って、トリックや謎を解くタイプだったのを、ルパン・シリーズの影響で、無理やり、活劇探偵にしてしまっていたんですな。 この作品では、登場当時の明智に戻った観があり、妙に嬉しいです。

  明智が刑事に出す、幾何の問題が、面白い。 数学というより、頓智に近くて、明智による説明を読まずに解けたら、「なーんだ、そういう事か!」と、笑えると思います。