7516 ≪刺青された男≫

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≪刺青された男≫

角川文庫
角川書店 1977年6月10日/初版 1977年8月30日/3版
横溝正史 著

  2019年8月に、ヤフオクで、角川文庫の横溝作品を、24冊セットで買った内の一冊。 ≪刺青された男≫は、角川文庫・旧版の発行順では、52番に当たります。 戦後間もない頃に書かれた、金田一物以外の短編、10作を収録。 その内、【神楽太夫】、【靨】、【蝋の首】は、≪横溝正史探偵小説コレクション⑤ 消すな蝋燭≫の時に、感想を書いているので、外します。 


【刺青された男】 約28ページ
  1946年(昭和21年)4月、雑誌「ロック」に掲載されたもの。

  神戸や上海で、刺青師に関連する人物が殺害される。 歳月が経ち、戦時中、船乗り仲間の間で、どんな時にも、シャツを脱がない男の事が、たびたび話題に上っていた。 インドネシアの山奥で、その男を診察した医師が、刺青を見て、なぜ、シャツを脱げなかったのかを知る話。

  事件が起こったのは大昔なのに、刺青を見られると、犯行がバレてしまうから、死ぬ寸前まで、シャツを脱げなかったという、長い時間の経過で、ゾクゾク感を出そうという狙い。 しかし、刺青の秘密に捻りが足りないせいで、無残に失敗しています。


【明治の殺人】 約32ページ
  1946年(昭和21年)7月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。

  かつて、秘かに、政府要人の暗殺を実行した男が、後年になって、殺した相手の息子と、自分の娘の縁談が持ち上がり、理由を話せないまま、反対している内に、病死してしまう。 縁談について、後事を託された友人の医師が、暗殺事件の事を調査する内に、意外な真実が分かって来る話。

  以下、ネタバレ、あり。

  実は、暗殺が成功したと思っていたのは当人だけで、政府要人が死んだのは、別の原因だったというのが真相。 では、暗殺事件の時に、ピストルで撃たれた相手は誰だったのか? というのが、結末になります。

  これも、遥か昔の事件が事の起こりで、長い時間の経過で、ゾクゾク感を出そうという狙いです。 しかし、またもや、無残に失敗しています。 一番良くないのが、暗殺事件の時に、実際に撃たれた人物が、存命だったという事ですな。 それでは、話が、ぬるいではありませんか。 死んでしまった事にして、その息子にでも後を継がせ、何十年かしたら、真相を話すように、言い残してあったという事にすれば、もっと、劇的になったのに。


【かめれおん】 約26ページ
  1946年(昭和21年)8月、「モダン日本」に掲載されたもの。 「モダン日本」は、たぶん、雑誌。

  学校前の横丁で起こった、女が殺されている傍らで、男が首を吊っていた事件について、犯人と、首を吊った男が着ていたレイン・コートの色の解釈を巡り、探偵小説ファン2人が、それぞれ、違った推理を披露し、一方の推理が正しいと思われつつあったが、意外なところで、逆転して行く話。

  コチコチの本格物。 みな、顔が分からず、違う色のレイン・コートを着ていた男が、3人登場して、コートは着替える事も、重ねて着る事もできるので、誰が何を着ていたか分からない、というトリック・謎です。 ややこしくて、推理しながら読むなんて事はできません。 謎解きをされて、「ああ、そういう事か」と思うだけ。 だけど、私は、こういう話は、好きな方です。 本格物は、雰囲気だけでも、面白いです。


【探偵小説】 約43ページ
  1946年(昭和21年)10月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。 この作品、横溝さんが、戦後最初に書いたもので、本来は、仙台の「河北新報社」の依頼されたものだったのを、長くなり過ぎたので、そちらには、【神楽太夫】を送り、後に、「新青年」に、こちらを送ったという曰く付き。

  雪国の町で起こった、若い女性が犠牲になった殺人事件を題材に、その地を訪れていた探偵小説家と、その連れ達が、駅の待合室で、推理を繰り広げる話。

  舞台が、駅の待合室というのが、変わっていて、面白いです。 こういうのは、新人作家が思いつき易いアイデアですな。 もう、戦後第一作の時点で、戦前まで書いていた作品とは、全く毛色が違っていて、戦争を境に、横溝正史という小説家が、完全に変身した事が、よく分かります。 一から出直したから、こういう柔軟なアイデアが出て来たのではないでしょうか。

  事件の推理の方は、そんなに複雑なものではなく、漫然と読んでいても、分かり易いです。 読者が見抜けるという意味ではなく、理解し易い、つまり、無理がないという意味ですが。 アリバイ崩しがメイン。 サブに、死体の移動トリック。 後者は、ホームズ物から戴いていて、その事も書いてあります。


【花粉】 約26ページ
  1946年(昭和21年)10月、雑誌「ロック」に掲載されたもの。

  大学教授の妻が、近所で起こった殺人事件に首を突っ込み、容疑者にされた知人を助けたいばかりに、謎を解くものの、そのせいで、別の知人が犯人である事を証明してしまう話。

  2時間サスペンスに多い、素人探偵物ですが、この作品の時代が古いとはいえ、別に、横溝さんが創始者というわけではなく、イギリスの推理小説界には、いくらも、前例があります。 ただ、ノリのいい奥様が探偵役だと、どうしても、コミカルなタイプの2時間サスペンスっぽい感じになりますねえ。 この作品自体は、そんなに、コミカルではないですけど。

  謎は、時計と鏡が出てくるもので、横溝作品では、何度も焼き直されています。 こんなネタを使ったという事は、注文が立て込んで、新しいアイデアを練っている暇がなかったのかも知れませんな。


【アトリエの殺人】 約22ページ
  1946年(昭和21年)10月、雑誌「オール読物」に掲載されたもの。

  同じ女性モデルで描かれた、何枚もの絵が飾られた部屋で、画家が殺されていた。 1枚の絵と、陶器の像がなくなっており、死体の上には、天井灯の電球の破片がちらばっていた。 殺された画家の友人であり、モデルになった女性の婚約者でもある男が、謎を解く話。

  以下、ネタバレ、あり。

  なぜ、電球が割られていたのかは、腕時計の蓋が割れてしまったのを、ごまかす為で、これは、よく使われるアイデアですな。 こんな短編で使っているところを見ると、横溝さんが思いついたわけではなく、過去の作家の作品からの戴き物ではないでしょうか。 絵が1枚だけ持ち去られていたところが、この作品に特徴的な謎になっています。

  暗い雰囲気ですが、長さの割には、人物設定がしっかりしていて、バランスが良い作品だと思います。


【女写真師】 約25ページ
  1946年(昭和21年)10月、「にっぽん」に掲載されたもの。 「にっぽん」は、たぶん、雑誌。

  信州S湖畔に、女写真師が経営している写真館があった。 そこで、夜な夜な、元レビュー女優が、煽情的な写真を撮られている様子を、スタジオの天窓を通して、隣の病院の屋上から覗き見していた、薬剤師の青年がいた。 ある朝、S湖に、元女優が、心臓を刺された死体となって浮かび、青年は、覗き見していた顛末を、警察に語らざるを得なくなるが・・・、という話。

  これだけでは分かりませんが、ややこしくなるので、犯人の事は書かないでおきます。 軽い話で、犯人は、割と、つまらない人物です。 殺人事件は、平凡な人間の、ごく身近でも起こっているという事を言いたいのが、作品のテーマ。

  S湖というのはたぶん、諏訪湖でしょう。 横溝作品では、諏訪湖が、よく出てきます。