7530 ≪江戸川乱歩全集⑧ 妖虫≫

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≪江戸川乱歩全集⑧ 妖虫≫

江戸川乱歩全集 第八巻
講談社 1979年5月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 七巻よりは、程度が良いですが、やはり、くたびれた感じ。 40年も前の本だから、無理もないか。 二段組みで、長編1、中編2、短編2の、計5作収録。


【目羅博士】 約18ページ
  1931年(昭和6年)4月に、「文芸倶楽部 増刊号」に掲載されたもの。

  作者が、たまたま出会った青年から聞いた話という設定。 向かい合って建つ、外観がそっくりの二つのビルで、一方の部屋の住人に起こった事か、もう一方の同じ位置にある部屋の住人に伝染し、死人が出続けるという話。

  幻想小説ですな。 推理とか、トリックとか、そういったものは出て来ません。 理屈で考えれば、ありえないような事ですが、幻想小説なら、何でもアリになります。 こういうのを、映像化すれば、一度見たら忘れない作品になると思います。


【恐怖王】 約68ページ
  1931年(昭和6年)6月から、翌年5月まで、「講談倶楽部」に連載されたもの。

  病死した若い娘の遺体が盗み出され、ゴリラのような男と、婚礼写真を撮影された後、その娘の婚約者だった青年が殺される。 犯人は、「恐怖王」という名前を、様々な方法で流布し、世間に恐怖を撒き散らす。 青年の友人の探偵小説家が、自ら、探偵となり、捜査に臨むが、恐怖王とゴリラ男に翻弄される話。

  写真師をよんで、死体の花嫁と婚礼写真を撮らせるというのは、横溝作品の【病院坂の首縊りの家】の冒頭と同じですな。 こちらの方が、ずっと早いですけど。 ただし、こちらの場合、犯人がそんな事をした動機がはっきりせず、単なる悪質なイタズラ以上の意味がありません。 他にも、露悪的なモチーフが、幾つか使われていますが、互いに関連はしておらず、羅列されているだけです。

  最終的には、一応、犯人が突き止められますが、動機は分からずじまい、謎解きもテキトーで、物語の態をなしていません。 解説によると、江戸川さん自身が、そう認めていたとの事。 もし、新人が、こんな作品を書いたら、編集者の手で、ゴミ箱直行でしょうが、当時の江戸川さんは、このカテゴリーでは、断トツの人気作家だったので、これでも、通ったのでしょう。


【地獄風景】 約56ページ
  1931年(昭和6年)5月から、翌年3月まで、「探偵趣味」に連載されたもの。

  金持ちが金に飽かせて作った遊園地。 巨大迷路で起こった殺人事件をきっかけに、招かれた有閑人種たちが、次々に死んで行く話。

  ≪パノラマ島奇譚≫と重なるところがありますが、こちらは、どんな話にするか決めないまま書いて行ったようで、物語としての纏まりは、最悪。 遥かに、レベルが落ちます。 メインの事件である、巨大迷路の殺人にしてからが、トリックも謎もいい加減で、読んでいて、熱が出て来ます。 バタバタと人が死ぬ終盤は、もう、メチャクチャという感じ。

  江戸川さん本人に、他人を片っ端から殺してみたいという願望があったのかも知れませんな。 誤解を招かないように断っておきますと、そういう願望がある人は、珍しくないです。 実行しないし、口にも出さないだけで。 周囲の他人が、自分を苦しめるだけの存在になっている時、そういった願望が芽生えて来るのでしょう。


【鬼】 約32ページ
  1931年(昭和6年)11月から、翌年2月まで、「キング」に連載されたもの。

  地方の町で、野良犬に顔を食い荒らされた若い女の死体が発見される。 親が決めた許婚者だったにも拘らず、彼女との結婚を拒んでいた素封家の息子が疑われるが、事件発生時刻に一緒にいたはずの交際相手の女は、彼のアリバイを否定する。 友人である探偵小説家が、死体の発見場所から、死体移動のトリックを見破る話。

  以下、ネタバレ、あり。

  顔のない死体物なので、被害者と加害者が入れ代わっているのだろうという事は、探偵小説を読み慣れている読者なら、すぐに分かります。 もう一つの、死体移動のトリックは、ホームズ物からの戴き物。 横溝作品の【探偵小説】でも、用いられています。 舞台が、地方の町である点など、【探偵小説】とは、大変、よく似た雰囲気です。 こちらの方が、ずっと早いですけど。

  【探偵小説】は、横溝さんが、戦後、「本格で行く」と決めてから書いた、最初の作品ですが、本格物の短編で、真っ先に思いついたのが、この【鬼】だったのかもしれませんな。 戦前は、アイデアの戴きというのは、普通に行なわれていたようです。 当時、すでに、「探偵小説のモチーフは、出尽くしている」と言われていたようですから。

  いろいろと戴き物である事を承知した上で読んでも、密度が高くて、面白いです。 本格物の魅力を、充分に味わわせてくれます。 短編でしか、本格物を書けなかったのが、江戸川さんの一つの限界でして、横溝さんや、他の作家が、戦後、本格物の長編を書き始めると、江戸川さんは、急速に、過去の作家になって行ってしまうわけです。


【妖虫】 約115ページ
  1933年(昭和8年)12月から、翌年11月まで、「キング」に連載されたもの。

  赤いサソリをトレード・マークにしている犯人一味が、世間に認められている絶世の美女ばかりを、次々とさらい、無残に殺して行く。 妹が犠牲になった青年の依頼を請け、老名探偵が捜査に乗り出すものの、手強い犯人一味に、互角の戦いを強いられる話。

  これは、江戸川さんが、この時期、何作も類似作を書き飛ばしていた、アクション活劇の一作です。 どうも、この種の作品に出て来る被害者の女性は、命が軽いですな。 江戸川さんは、若い女性に対して、憎しみのようなものがあったのではないかと思います。 そうでなければ、こんなに軽く扱わないでしょう。

  ただ、この作品の場合、最後まで読めば、犯人の動機が、細かく書いてあって、無闇に殺していたわけではない事が、一応、分かります。 それにしても、説得力が弱いですけど。

  呆れるような下らない理由で、猫が殺されますが、戦前の作品にありがちな事で、動物の命なんて、何とも思っていなかったんでしょうな。 ご主人様の代わりに死んだのなら、本望? 馬鹿な事を。 殺される猫が、そんな事を思うわけがありません。