7502 ≪江戸川乱歩全集⑤ 蜘蛛男≫

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≪江戸川乱歩全集⑤ 蜘蛛男≫

江戸川乱歩全集 第五巻
講談社 1978年12月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 第四巻を借りた次だから、第五巻。 【芋虫】が含まれており、ちと、敬遠したい気持ちもあったのですが、短編だから、読み始めれば、すぐに終わるだろうと思って、借りて来ました。 二段組みです。


【芋虫】 約16ページ
  1929年(昭和4年)1月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。 

  戦争で、手足を失い、耳が聞こえず、声も出せなくなった夫を、復員以来、世話し続けていた妻が、次第に夫を、性的欲求の捌け口として扱うようになり、世間から隔絶された環境の中で、病的な夫婦関係が混迷して行く話。

  これは、傑作だわ。 誰が、どんなに誉めても、誉めたりないくらいの傑作。 江戸川さんは、この短編を書く為に、生まれてきたのではないかと思うほどの傑作。 この作品一作と、それ以外の作品全てを秤に掛けても、この作品の方が価値が高いと思います。 更に言えば、日本で書かれた短編小説で、これ以上のものはないでしょう。 世界レベルでも、十指に入るのでは?

  いやいや、こんな私の感想なんかで判断するより、この作品は、自身で読んだ方がいいと思います。 ページ数が少ないですから、30分もあれば、誰でも読み終えられますし。 これを読まずして死んだのでは、読書人として生きた甲斐がないというもの。

  ところで、この作品を、反戦小説として評価する人もいるようですが、それは、読み方がズレているというもの。 夫が手足その他を失った原因が、戦争ではなく、事故や犯罪であっても、成立する話だからです。


【蜘蛛男】 約156ページ
  1929年(昭和4年)8月から、翌年6月まで、雑誌「講談倶楽部」に連載されたもの。 

  自分の好みのタイプの女性ばかりを狙い、次々に、惨殺して行く、「蜘蛛男」と名付けられた犯人を捕えようと、素人名探偵の畔柳博士が、警視庁の波越警部らと共に、様々な知略を戦わせるが、ことごとく、蜘蛛男にしてやられてしまう。 外遊から戻った明智小五郎が、蜘蛛男の正体を、立ち所に看破し、形勢逆転して行く話。

  以下、ネタバレ、あり。

  求人広告で集めた女性達の中から、好みのタイプを選び出し、その日の内に殺して、バラバラにしてしまうという出だしは、大変、ショッキングで、あまりにも簡単に人が殺されてしまう事に、背筋が凍る思いがします。 また、江戸川さんは、そういうドライな情景を描写するのが巧みなんだわ。

  畔柳博士と、蜘蛛男の戦いは、トリックや謎を含んだアクション活劇で、江戸川作品としては、ありふれたもの。 【黒蜥蜴】は、5年後の1934年ですが、この作品の時点で、すでに、スタイルが確立しており、延々と、似たような話を書き続けていた事が分かります。 問題は、この作品、発表されるや、大ウケしたという事でして、当時の日本では、読者の方も、その程度だったわけです。

  「蜘蛛男」というのは、蜘蛛が、メスがオスを食べてしまう、血も涙もない生き物だという意味合いで使われているだけで、蜘蛛に関係した技を使うとか、犯人が女だとか、そういう意味ではないです。 その事は、作者自身が断っていますが、蜘蛛の性質が、他の生き物と比べて、特別、酷薄だとは思えず、このタイトルは、ちと考えが足りないのではないでしょうか。


【魔術師】 約134ページ
  1930年(昭和5年)7月から、翌年5月まで、雑誌「講談倶楽部」に連載されたもの。 

  ある宝石商の一族に恨みを持つ男が、魔術的なトリックを用いて、殺人予告を行なう。 捜査を依頼された明智小五郎が、犯人の策に嵌まり、誘拐されている間に、一族の一人が殺されてしまう。 明智小五郎の恋を絡めて、犯人である魔術師との戦いを描く話。

  以下、ネタバレ、あり。

  これも、トリックや謎を含んだアクション活劇。 くるくると場面が展開する、同じパターンの話なので、真面目に梗概を書く気になりませんな。 当時の怪奇小説界のリーダーだった、江戸川さんが、こういう話を書いていたから、その後に続いた、横溝正史さんたちが、似たようなパターンの作品を粗製乱造して行ったんですな。

  当時の世界的な流れとして、ホームズ物はすでに古典となり、アルセーヌ・ルパン物が流行っていて、ルパン物の冒険小説的な性格から大きな影響を受け、この種の作品が書かれたのだと思います。 江戸川さんが、アガサ・クリスティーらの長編本格推理小説の存在を知らなかったはずはないですが、発表の場が、雑誌の連載しかない日本では、受け入れられないと思っていたんでしょうな。 その点、冒険物は、アクション活劇的な見せ場で、毎回、クライマックスを作れるから、都合が良かったんでしょう。

  この作品の感想に戻します。 地下室の水攻めが出て来ます。 これは、後に、横溝作品で、何度も使われるネタでして、戦後になると、少年向け作品で使い回されるようになります。 先にそちらを読んでいると、安っぽくて、アホらしくなってしまいますが、この作品で最初に読んだ人達は、結構には、手に汗握ったかも知れませんな。

  酔っ払いを地下の穴倉に押し込んで、それから、入口に煉瓦を積んで、出られなくするという、随分と悠長な殺し方が出て来ますが、セメントだろうが、漆喰だろうが、地下で、そう早く乾くわけがないのであって、足で蹴飛ばせば、崩れると思うのですがね。 しかし、こういう細かいツッコミは、活劇調の江戸川作品を読む場合、封じ手にしておかないと、科学的・技術的におかしなところは、無数と言っていいほど、出て来てしまいます。

  それにつけても、気の毒なのは、宝石商の次男の婚約者だった、花園洋子さんでして、別に、魔術師の恨みの対象でもないのに、無残極まりない殺され方をしてしまいます。 また、明智小五郎が、それを止める気もなかった様子なのは、大いに解せないところ。 宝石商一族以外の者は、守る気がなかったわけだ。 人間の命が、あまりにも、軽い。