7481 ≪憑かれた女≫

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≪憑かれた女≫

角川文庫
角川書店 1977年6月10日/初版 1977年8月30日/3版
横溝正史 著

  2019年7月に、ヤフオクで、角川文庫の横溝作品を、10冊セットで買った内の一冊。 ≪憑かれた女≫は、角川文庫・旧版の発行順では、51番に当たり、この本から、本格的に、金田一物以外の中・短編の収録が始まります。


【憑かれた女】 約126ページ
  1933年(昭和8年)10月から12月まで、「大衆倶楽部」に連載されたもの。 角川文庫・新版、≪喘ぎ泣く死美人≫の中に、原型になった同題の作品が収録されていて、そちらの発表年月も、同じになっていますが、どちらが間違えているのか、分かりません。

  酒の飲み過ぎで、幻覚を見るようになった女が、顔を隠した外国人に、目隠しされて連れ込まれた屋敷で、他の女の死体を見せられた後、解放される。 僅かな手がかりを頼りに、その屋敷を捜す内、更に殺人事件が続き・・・、という話。

  海水浴場の場面から始まるからだと思いますが、大変、新しい感じがします。 とても、昭和8年とは思えない。 昭和30年代に書かれたと言われても、さほど、違和感がありません。 その事は、原形作品を読んだ時の感想でも書きましたけど。

  冒頭から、4分の3くらいは、原型作品と、ほとんど同じで、謎解きと犯人指名の部分だけ、由利・三津木コンビが登場する形に、書き改めたもの。 まさに、取って付けたような改変です。 恐らく、この頃、主だった作品を、由利・三津木コンビ物で統一したいと思っていたんでしょうな。 戦後、ノン・シリーズを、金田一物に書き改めて行ったように。

  原型の方の細部を忘れてしまったのですが、謎と犯人は、変えてあるような感じがします。 こちらでは、犯人がその人物である事が、ちと不自然な感じがするので。 ≪喘ぎ泣く死美人≫は、三島図書館の書庫にある本で読んだので、わざわざ、それを確認する為だけに、もう一度、借りに行く気になれません。


【首吊り船】 約78ページ
  1936年(昭和11年)、「富士」の、10月増刊号から11月号まで、連載されたもの。

  三津木俊助が、ある夫人から依頼を受け、満州で行方不明になった男の消息を探ろうとした矢先、二人組に略取・監禁されてしまう。 ところが、その二人組が、殺人事件に巻き込まれ、進退窮して、俊助に助けを求め、由利先生まで引っ張りだされて、夫人の所に送られて来た左腕の骨や、髑髏のような顔をした男、首吊り死体がぶら下がった船の謎などを解き明かして行く話。

  三津木俊助が、いとも容易くさらわれてしまい、さらった相手に頼まれて、事件捜査に乗り出すというところが、少し変わっていますが、それ以外は、典型的な、由利・三津木コンビ物の、草双紙趣味活劇です。 で、お約束的に、川の上での、モーター・ボートと汽船の追撃戦が出て来ます。 逃げられそうになった時に、水上警察が現れて、捕縛に成功するのですが、このパターン、どれだけの作品で読んだ事か。

  トリックや謎も、ない事はないのですが、それらが軸になっているのではなく、全て、小道具の一部に過ぎません。 由利・三津木コンビ物に於いては、同じようなモチーフ、同じようなストーリーを組み合わせ直して、何十作も、同じような作品を量産していたわけですが、そんなでも罷り通ってしまったというのが、戦前の日本のミステリー界のレベルの低さを物語っていると思います。


【幽霊騎手】 約119ページ
  1933年(昭和8年)6月から8月まで、「講談雑誌」に連載されたもの。

  幽霊騎手と呼ばれる、一種の義賊が巷で持て囃されている最中、その幽霊騎手を題材にした芝居がかけられる。 その日の舞台が終わった直後、主演俳優が、贔屓にされている夫人から、舞台衣装のままで、すぐに来てくれるように呼び出される。 屋敷では、夫人の夫が、殺されており、俳優の咄嗟の機転で、幽霊騎手が犯人のように工作するが、実は、その事件の背後には、その夫と仲間が満州から持ち帰った金塊の争奪戦が絡んでいて・・・、という話。

  主人公は、俳優で、その友人達を、アシスタントに配しています。 ノン・シリーズですが、たぶん、シリーズ化を狙っていたと思われるような、細かい役割分担の設定がなされています。 この作品の後、横溝さんは喀血して、療養生活に入ってしまうので、続かなかった模様。

  話の中身は、怪盗ルパンのパクリをベースに、草双紙趣味的な活劇に仕立てたもの。 一応、トリックはありますが、人間がすり変わっているという種類のものです。 本当の幽霊騎手が誰なのか、作者自身が、途中まで、方針を決め兼ねていたのではないかと思われるフシが見られ、その点で、辻褄が合わないところもあります。

  この作品にも、川の上での追撃戦が出て来ます。 もう、焼き直しの焼き直しもいいところ。 焼き直し以前に、川の上の追撃戦は、シャーロック・ホームズの【四つの署名】のパクリでして、パクったものを、何度も何度も焼き直し、それで通ってしまっていたわけですから、戦前日本のミステリー界のレベルが、ほとほと、思いやられようというもの。


  この本に収録されている三作の中では、【憑かれた女】が、ダントツに優れていて、本格トリック作品なので、もし、戦後に、金田一物に書き直されたとしても、普通に楽しめたと思います。 ただ、解説によると、これにも、元になった外国作家の作品があるとの事。 戦前の日本のミステリーは、オリジナルを尊ぶというレベルにすらなかったわけだ。