7459 ≪蛭ヶ小島 / 江川邸≫
10月6日の午後、バイクを出し、チェーン交換後の初乗りに行って来ました。 それまでは、街乗りだけでしたから、遠くへ行ったのは、この時が初めてだった事になります。 国道136号で、伊豆半島の中央部を南へ。 伊豆国市・韮山にある、蛭ヶ小島を目指しました。
≪写真1≫
ここがそう。 源頼朝と、北条政子の銅像が出迎えてくれます。 他には、売店が一軒、漢数字の屋外時計が一つ、移築古民家一軒。 駐車場は、10台分くらいはあります。
≪写真2左≫
「永歴元年(1160) 遺跡 源頼朝公 配流の地 蛭ヶ小島(ひるがこじま)」の石碑。 といっても、大体、この辺のどこかにあったのだろうという、推定の場所です。 私の母が学生の頃、つまり、70年くらい前ですが、その頃には、もうあったらしいですから、推定の地と言っても、だいぶ前から、決まっていたわけだ。
昔は、狩野川の中州が点在していて、その内の一つが、蛭ヶ小島だったとの事。 頼朝は、14歳で、ここに流され、31歳で、政子と結婚してからは、北条館に移り住んだので、大体、17年くらい、この辺に住んでいたらしいです。 旗揚げしたのは、34歳の時。
≪写真2右≫
初ツーリングのEN125-2Aですが、チェーンに注したオイルが飛び散って、後輪の左側が、べちゃべちゃに。 帰ってから、拭き取りました。 一度、飛びきってしまうと、もう、それ以降は、飛びません。
チェーンは新品になったものの、ハンドルがフラつくのが直ったわけではなく、普通の交差点で、曲がるのが怖いという、困った問題が、クローズ・アップされて来ました。 やむなく、この翌日には、ヤフオクで、ステム・ベアリングを落札し、交換作業へ踏み出す事になります。
ヘルメット・ホルダーに付けてあるのは、夏用にしている、シールド付きジェット・ヘルの、「アライ SZ-αⅢ」。 これは、2006年6月に、27500円で買ったもの。 色は、アルミナ・グレー。 一度、落として、キズが付いていますが、あまり目立たないので、そのまま使っています。 この色なら、黒いバイクと組み合わせても、違和感はありません。
ナンバーが白に見えますが、これは、光の加減で、実際には、ピンクです。
≪写真3左≫
敷地内にある、移築古民家、「静岡県指定有形文化財 旧上野家住宅」。 18世紀中頃以前の建物だそうです。 1979年に、ここへ移築。 それからでも、随分経っていますな。
≪写真3右≫
内部。 暗いです。 恐らく、障子を全開にしても、奥の方は、薄暗いと思います。 中には、古民具が置いてあります。 この手前は、広い土間になっています。
≪写真4左≫
天井。 移築時に使った縄は、まだ縄らしい色をしています。 移築以降、中で火を使っていないからでしょう。 普通は、古民家の天井は、煤で真っ黒です。 よく、囲炉裏や竈を焚かないと、藁屋根が腐ると言いますが、後付けした理由のような気がしますねえ。 天井が真っ黒になるのは、結果に過ぎますまい。
中で火を使った程度で、あの分厚い藁屋根を乾燥させられるとは思えません。 この建物が、移築後、40年間、火を使っていないのに、屋根が腐っていないのが、いい証拠です。
≪写真4右≫
すぐ近くにある、江川邸にも行きました。 と言っても、中には入らず、裏門から、庭を撮影しただけ。 江川邸は、一度は見る価値がありますが、何度も入るような所ではないです。 有料になってからは、尚の事。
江川英龍(坦庵)という人は、幕末の代官で、江戸湾のお台場とか、韮山反射炉とか、日本初のパンとか、いろんなものを作った人。 世界遺産の一部になった、韮山反射炉も、ここから、10分くらいで行ける距離ですが、どうせ、中に入る気がないので、行きませんでした。
≪写真5≫
江川邸の裏手に、以前は、郷土資料館のようなものがあったのですが、今回行ったら、この建物に建て替わっていました。 入り口がどこにあるのか分かりません。 江川邸のホーム・ページにも記載がなく、一般公開している施設ではないのかも知れません。
