7425 ≪扉の影の女≫

7425.jpg

≪扉の影の女≫

角川文庫
角川書店 1975年10月30日/初版
横溝正史 著

  私の手持ちの本。 1995年9月頃に、沼津・三島の古本屋を回って、横溝正史作品を買い漁った内の一冊です。 長編2作が、収録されていて、どちらも、この24年の間に、何回か読み返しています。 にも拘らず、話の内容をすっかり忘れてしまうのは、不思議です。 逆に考えると、忘れ易い話だからこそ、何度も読み返したくなるのかも知れません。


【扉の影の女】 約248ページ
  1961年(昭和36年)1月に刊行。 元は、短編だったのを、長編化したもの。

  築地入船橋下で水死体となって発見されたホステスが、実は、西銀座の袋小路にある稲荷神社の境内で殺されていた事が分かる。 犯人らしき人影を目撃してしまったという、別のホステスの依頼で、事件に関った金田一が、すぐ近くにあるレストランの店員や客、依頼人の色であるボクサー、事件現場にいた車の持ち主など、多過ぎる関係者を相手に、警察とは適度な距離を置きつつ、多門修を使って、捜査を進める話。

  これ、ほんとに、何度も読んでいます。 レストランの裏口のドアが、タイトルにある「扉」でして、その辺が細かく書き込まれているので、ビジュアル的に、頭に焼き付いているのだと思います。 だけど、犯人は誰か、謎は何だったか、その辺のところは、何度読んでも、すぐに忘れてしまいます。

  短編だったものを、長編化した横溝作品に、共通していますが、後から、エピソードを足しているせいか、二つの話がダブっているような感じがします。 絡め合わせ、結び付けてあるんですが、紐帯が弱く、最初から長編として考案した作品と比べると、分裂感を覚えるのです。 それが複雑な印象を与えるのだと思うのですが、面白さに繋がっていない複雑さは、美点とは言えません。

  これまた、短編を長編化した横溝作品によく見られる事ですが、会話が多くなるのも、弱点になります。 聞き取りの会話場面というのは、長引くと、読むのがつらくなって来ます。 この作品では、ボクサーの青年と、多門修が、若者言葉で喋るのですが、それが、また、口語丸出しで、長ったらしいので、しんどい。

  だけど、この作品、内容的には、メジャー長編に負けないものがあると思います。 都会を舞台にした金田一物の代表作と言ってもいいのでは? 出来は、【夜の黒豹】よりも、上なんじゃないでしょうか。


【鏡が浦の殺人】 約101ページ
  1957年(昭和32年)8月に、「オール読物」に掲載されたもの。

  鏡が浦の海水浴場。 読唇術を会得している大学教授が、海に浮かぶヨットを双眼鏡で見ていて、乗っている二人が、殺人計画について話しているのを、読み取ってしまう。 その翌日に開催された、ミス・カガミガウラ・コンクールの会場で、教授が死亡し、当初、心臓発作かと思われたが、ある人物の強い要請で、高名な法医学者が呼ばれ、検死がやり直された結果、毒殺と分かり・・・、という話。

  休暇で滞在していた金田一と、招待された等々力警部が出てきます。 海辺を舞台にした話として、【赤の中の女】や、【死神の矢】がありますが、舞台設定は、みな、よく似ています。 トリックや謎は、違いますけど。 等々力警部は、いつも、金田一に誘われて、遊びにやって来ては、事件が起こってしまい、地元署の捜査に引きずり込まれるというパターン。 でも、警部は何もせず、全て、金田一が片付けます。

  トリックは、子供騙しレベルですが、それが話の中心ではないので、問題ありません。 むしろ、分裂感の方が、問題です。 事件が起こった後に、犯人候補の面々が集まって来るので、何となく、後出しをされたような気分になります。 しかし、それは、錯覚で、事件が起こる前に、リップ・リーディングの場面が一山あるせいで、推理小説の定番ストーリー・パターンが崩されているだけなんですな。

  リップ・リーディングが、メインのモチーフで、初めて、読んだ時には、ゾクゾクしました。 大学教授の他に、もう一人、それを会得している子供が出て来て、後半で、一場面、盛り上げますが、そちらは、オマケのようなもので、その子供のお陰で、事件が解決するわけではありません。

  終わりの方、お涙頂戴に流れそうになるあたり、【死神の矢】に少し似ていますが、【死神の矢】ほど、不自然ではないです。 やっぱり、犯人は悪党でなければ、いけませんねえ。 その点、まともな話です。