7418 ≪深夜の魔術師≫

7418.jpg

≪深夜の魔術師≫

横溝正史探偵小説コレクション②
出版芸術社 2004年10月20日/初版
横溝正史 著

  沼津市立図書館で借りて来た本。 角川旧版の終了後、割と近年になって発行された、落穂拾い的な短編集です。 戦中期の作品、11作を収録。 表題作の、【深夜の魔術師】だけ、中編。 他は、短編。 2段組みです。


【深夜の魔術師】 約82ページ
  1938年(昭和13年)8月から、1939年1月まで、「新少年」に連載されたもの。

  無音航空機の設計図を狙って、「深夜の魔術師」と名乗る怪人が凶行を繰り返し、由利・三津木コンビが、翻弄される話。

  活劇で、戦前の、大人向けの由利・三津木物と、戦後の少年向け作品を足して、2で割ったような内容です。 地下通路で水攻めとか、川の上の追撃戦とか、お決まりのパターンも含まれています。 軍事技術がモチーフになっている点や、犯人の国籍など、いかにも、戦時下シフトという感じの設定。


【広東の鸚鵡】
【三代の桜】
【御朱印地図】
【沙漠の呼声】
【焔の漂流船】
【慰問文】
【神兵東より来る】
【玄米食婦人】
【大鵬丸消息なし】
【亜細亜の日月】

  タイトルを見ても分かると思いますが、この10作は、戦時下シフトを通り越して、国策賛美小説として、書かれたもの。 国策を皮肉ったようなところはなく、純然たるプロパガンダです。 解説によると、国策協力の作品を載せないと、雑誌を発行できなくなってしまっていたようです。

  横溝さんは、戦争は虫唾が走るほど嫌いで、とりわけ、探偵小説を発表できない状況に追い込まれた事で、軍部に対する恨みには、ドス黒いほどのものがあり、こんな小説を好んで書くわけがないのですが、出版社の都合とか、家族を養う為に致し方なくとか、そういった理由で書いたのではないかと思います。

  戦争嫌いの横溝さんですら、こういう作品を書かざるを得なかったのですから、他の作家は、どんなものを書いていたのか、想像するのも恐ろしい。 言うまでもなく、自ら進んで、戦争賛美をやっていた作家は、敗戦と同時に息の根を止められて、廃業。 今では、古書を漁らない限り、その作品を読む事はできなくなっています。 戦後から見ると、嘘や妄想を事実のように書いたものばかりなので、研究者以外は、価値を認めないでしょう。

  横溝さんの作品に話を戻しますが、「横溝さんの作品だから、プロパガンダでも、読む価値がある」という事はないです。 国策賛美小説である事が前面に出ていて、そこだけ外して、他の部分を楽しむという事はできません。 プロパガンダの浸潤が甚だし過ぎるのです。 ちなみに、活劇部分はありますが、トリックは見られず、謎も希薄です。

  角川文庫・旧版は、批評家の中島河太郎さんが、全作網羅を目指していたとの事ですが、こういう国策賛美作品は、入っていません。 中島さんが、これらの作品の存在を知らなかったとは思えませんから、意識して外したのでしょう。 おそらく、これらの作品は、横溝さんが、最も、後世に残したくなかったものなのではないかと思います。 もし、ご本人が存命だったら、この本の出版を許さなかったんじゃないでしょうか。