7390 ≪毒の矢≫

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≪毒の矢≫

角川文庫
角川書店 1976年9月10日/初版
横溝正史 著

  相互貸借で、取り寄せてもらった本。 小山町立図書館の蔵書です。 カバー付き。 状態は、非常に良いです。 背表紙に、「閉架」のシールが貼ってあります。 押し並べて、開架と閉架を分けている図書館の本は、状態が良いと思います。 やはり、開架だけだと、借りなくても、手に取る人がいて、そのたびに、本がくたびれて行くのでしょう。 長編1作、中編1作の、計2作を収録。


【毒の矢】 約190ページ
  元は、1956年(昭和31年)1月に、「オール読物」に掲載された中編を、後に書き改めて、3倍くらいの長さにしたもの、との事。

  金田一耕助が住む緑ヶ丘で、「黄金の矢」と名乗る人物から、名士の家庭のいくつかに、密告状が届くようになる。 名前が一文字違いだった事から、他人宛の密告状を受け取ってしまった夫婦が、金田一に捜査を依頼する。 女性の同性愛に関する密告で、該当者が絞られて行くが、やがて、その一人が殺されてしまい、彼女の背中には、13枚のトランプ散らしの刺青があった。 金田一が、所割暑の刑事達と、謎を解いて行く話。

  女性の同性愛というモチーフは、【白と黒】と同じですが、こちらの方が、事件の原因が、同性愛に関る程度が高いです。 いずれにせよ、横溝作品に於いて、同性愛は、モチーフに過ぎず、テーマにまでなる事はありません。 そして、書かれた時代が時代だけに、同性愛を、「良くない事、忌まわしい事」として描いている点、今では通用しなくなっています。

  トリックは、すり替わりもので、横溝作品に馴染んでいる人なら、ある程度、読むと、「ああ、あのパターンか」と、見当がつきます。 登場人物が多くて、恋愛カップルになるのが、何組も出て来るところは、前年に書かれた、【迷路の花嫁】に似ています。 横溝さんは、この頃、こういう大団円型の話に嵌まっていたのかも知れませんな。 読後感が生ぬるくなるから、推理小説としては、感心しませんが。 

  場所に変化が少なく、話の中心部分は、一軒の家の中だけで進行するので、舞台劇のような地味な印象を受けます。 その点、【白と黒】の、場面転換の豊かさには、遠く及びません。 この作品のモチーフだけ活かして、大幅に書き直す形で、【白と黒】が出来たという順になりますが、推理物としては、こちらの方が勝り、読み物としては、【白と黒】が上、という感じでしょうか。 どちらにせよ、ゾクゾクするような話ではないです。


【黒い翼】 約83ページ
  1956年(昭和31年)2月に、「小説春秋」に掲載されたもの。

  【毒の矢】事件が解決した後の緑ヶ丘を中心にして、「黒い翼」という、脅迫を含む、一種の「不幸の手紙」が流行する。 スター映画女優だった、藤田蓉子が毒死した後、その代役を務めた事でスターになった原緋紗子が、黒い翼に翻弄され、彼女が、藤田蓉子の死に関わっているのではないかという疑念が関係者に広がる。 藤田の命日に、黒い翼の手紙を全国から集めて焼くイベントが行なわれ、大いに盛り上がるが、その夜、藤田の命を奪ったのと同じ毒で、また犠牲者が出て・・・、という話。

  以下、ネタバレ、あり。

  時期的に、続けて書かれた作品なので、【毒の矢】と、似たようなモチーフです。 一方は密告状、一方は不幸の手紙ですが、脅迫を含んでいるという点では同じ。 子供がいて、その親は誰か? もしくは、隠し子がいるらしいが、それは誰か? という設定が出て来る点も、よく似ています。

  ストーリー的には、脅迫物ですが、時間的にズレがある二つの脅迫が出て来ます。 最初の脅迫で、被害者が死んでしまった後、その脅迫者を炙り出す為に、別の人物が、別の脅迫を行なうという、複雑な構成。 うまく組み合わされていると思いますが、複雑だから、面白いというわけではないのが、残念なところです。

  トリックがあり、二つの事件共に、毒杯配り物。 何人か集まった席で、飲み物の杯が配られ、その中の一人が死んだ。 さあ、誰が犯人で、いつ、毒を入れたか? というパターンです。 【百日紅の下にて】と同じアイデアが使い回されているのですが、そんなに出来のいいアイデアではありません。 普通、飲み物の中に、髪の毛が浮いていたら、飲む人はいないんじゃないでしょうか。 気づかないという事もないと思います。

  こういう複雑なストーリーを考え付くのは、大変な事だと思いますが、やはり、ゾクゾク感が欠けているせいで、推理小説としては、物足りない感じがしますねえ。 短いので、金田一の活躍場面も少なくて、その点でも、面白さが感じられません。