7369 ≪死神の矢≫

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≪死神の矢≫

角川文庫
角川書店 1976年5月20日/初版 1979年8月10日/13版
横溝正史 著

  相互貸借で、取り寄せてもらった本。 富士宮市立図書館の蔵書です。 「寄贈」の印、あり。 しかし、カバーの損傷が少なく、程度はいいです。 図書館の蔵書なのに、古本で出回っているものより、ずっと状態がいいというのは、不思議な気がしますが、たぶん、あまり、借りる人がいなかったんでしょうな。 長編1、短編1の、2作品収録。 短編の、【蝙蝠と蛞蝓】の方は、以前、≪人面瘡≫の時に、感想を書いているので、繰り返しません。


【死神の矢】
  原形になった作品があり、短編か中編かは分からないのですが、1956年3月に、「面白倶楽部」に掲載されたとあるので、一回で終わったという事は、そんなに長いものではなかったのでしょう。 それを改稿して、1961年4月に、書き下ろし長編として発表したのが、この作品。 長編と言っても、約224ページで、短めです。


  ある考古学者が、娘の結婚相手を、求婚者三人の内から、弓矢の腕で選ぶと言い出し、「三人とも、ゴロツキだから、やめろ」と、周囲が止めるのも聞かずに、強行したところ、その内の一人が、本当に的を射抜いてしまう。 試合後に、なぜか、的を外した一人が浴室の中で、試合に使われた矢で殺される。 動機は不明、主だった人物には、アリバイがある。 被害者を脅迫するつもりで近くに来ていた元ボクサーが、屋外から矢を射込んだのではないかと疑われるが、金田一は、逆に、彼のアリバイを証明しようとする。 やがて、第二の殺人が起こり・・・、という話。

  本格トリックで、金田一が深く関わり、しかも、雰囲気が別荘地ものと来れば、その条件だけでも、面白いと決まっており、実際、クライマックスの直前までは、ワクワクするほど、面白いです。 ちなみに、正確に言うと、別荘ではなく、学者の邸宅が、主な舞台。 だけど、その邸宅が、江の島付近にあるというから、別荘地ものの趣きになるのは避けられません。

  弓矢の腕で、婿を決めるというのは、50年代半ばの話であっても、充分に大時代ですが、現実離れした設定が珍しくない推理小説の世界ですから、取り立てて、滑稽さは感じません。 むしろ、面白さを感じます。 この婿選びの方法が、後々、事件の動機に深く関わってくるとなれば、尚の事。

  しかし、クライマックスに至り、犯人が誰か分かるやいなや、そこから先が、人情物を通り越して、お涙頂戴になってしまい、どうにもこうにも、高く評価できない、陳作に陥ってしまいます。 これは、ひどい。 全体の8割くらいが面白いだけに、謎解きが、お涙頂戴では、もったいないにも程があろうというもの。 

  以下、ネタバレ、あり。

  2時間サスペンスの、出来の悪い作品に良くあるのが、犯人を善人にしてしまうパターン。 被害者を悪党にして、「殺したのには、やむにやまれぬ事情があったのだ」と言って、犯罪を正当化してしまうのです。 しかし、そう思っているならば、探偵役に余計な捜査などさせなければいいのであって、「一体、悪党を罰したいのか、悪党を罰した善人を罰したいのか、どっちなんだ?」と、釈然としない、嫌~な後味が残ります。

  この作品の場合、実行犯は自殺してしまい、殺人計画を立てた人物は、余命幾許もないという状態で、善玉といえども、ハッピー・エンドにはなっていないのですが、それにしても、真相が公にならないというのは、すっきりしません。 金田一は、警察ではないので、犯行の協力者たちを、目こぼししてやるのですが、そんな甘い方針では、正義を貫けますまい。 一体、何を基準に、真相を公にする事件と、公にしない事件を、判断するんでしょう?

  こういうパターンにする場合、殺人の被害者の方が、どれだけ悪党だったかを、くどいくらい描き込んでおけば、多少は、善悪バランスが取れると思いますが、この作品の場合、そちらの方の描写は、まるで、足りません。 学者の娘や助手が、自殺した殺人犯の胸中を察して、びーびー泣くわけですが、全く以て、醜いばかり。 「殺人上等」にしてしまったら、もう、推理小説は、おしまいではないですかね?

  更に悪いのは、隠蔽工作をした女でして、自分が犯罪行為をしたという認識が、かけらもなく、複雑な隠蔽をした事を、誉めて貰えるかのように、軽く思っている事です。 善玉側だからと言って、こんな無反省な犯罪者を、笑って見逃すというのだから、金田一にも呆れます。 犯罪者というのは、一度見逃せば、味を占めて、二度三度と、同じ事をやるものでして、その内、金田一のところへ、犯行方法の相談に来るかもしれません。 そうなっても、ニコニコ笑って、協力してやるんですかね?