7341 ≪本陣殺人事件≫

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≪本陣殺人事件≫

角川文庫
角川書店 1973年4月/初版 1981年4月/34版
横溝正史 著

  私が、所有している本。 1995年9月頃に、古本屋を回って買い集めた、横溝正史作品の文庫、十数冊の内の一冊です。 本体の奥付裏に、鉛筆書きで、「200」と書いてあります。 昔ながらの古本屋では、そういう、値段の記し方をしていたのです。 鉛筆書きだから、消せば消えますが、いくらで買ったかの記録になるので、消さないでおきます。

  角川文庫の旧版。 長編2作、中編1作の、計3作を収録。 カバー絵は、杉本一文さんのもので、少女と黒猫の顔が上下に重なる形で、描かれています。 黒猫は、≪本陣殺人事件≫と、≪黒猫亭事件≫に登場しますが、少女の方は、≪本陣殺人事件≫にしか出て来ないので、この絵は、鈴子と玉という事になります。


【本陣殺人事件】 約196ページ
  1946年4月から、12月にかけて、「宝石」に連載されたもの。 この作品は、横溝さんが岡山にいた時に書かれたわけですな。

  岡山県の山村。 かつて、本陣だった一柳家で、長男の結婚式が行なわれた。 その翌日の未明、離屋で、琴の音が鳴り響いた後、新郎新婦が刀で斬られた死体で発見される。 凶器の刀は庭に刺さっていたが、犯人が侵入した足跡はあるのに、逃げ出した足跡はなかった。 屏風に琴爪でつけた三本の血痕があり、前日に、三本指の男が、近所で目撃されていた。 新婦の叔父から呼び出された金田一耕助が、謎を解く話。

  金田一耕助が登場した、最初の作品です。 作中の年代は、戦前の、昭和12年になっています。 とはいえ、金田一の初仕事というわけではなく、この事件以前に、すでに、東京や大阪で、いくつも事件を解決しているという設定になっており、警視庁のお偉方の紹介状を持って現れ、磯川警部ら、地元警察の面々から、一目置かれた状態で、捜査を始めます。

  日本家屋の離屋を利用した、密室トリック物として、日本の推理小説のエポックになった作品ですが、今現在から読み返すと、そういう面で評価するのは、ちと、厳しいものがあります。 何の情報もなしに、普通に読んでも、相当には面白いのですが、それは、密室トリック物だから云々ではなく、山村の旧家を舞台に、極端な性格の犯人をはじめ、登場人物を細々と描写しているからでしょう。

  そもそも、犯人は、最初から密室を作るつもりだったわけではなく、雪が降ったせいで、計画が台なしになってしまったので、ヤケクソで、密室にしたという、かなり無茶な理由。 そんな、テキトーな経緯で作られた密室ですから、名探偵でなくても、解けると思います。 映画やドラマを見た人なら分かると思うのですが、実際に、この仕掛けをうまく作動させるのは、大変難しいのでは? よほど、念入りに作っても、5回に1回くらいしか、成功しないんじゃないでしょうか?

  一方、犯人の性格を極端なものにして、それが、犯行の動機になっていると解き明かして行く過程は、大変、面白いです。 性格異常というより、もはや、精神異常だと思いますが、「こういう人間も、いるだろうなあ」と思わせるところが、巧み。

  以下、ネタバレあり。

  新婦が、自分が過去にしでかした男関係の過ちについて、新郎に打ち明けるべきか、先輩に相談したところ、「そんな事は、言わない方が良い」と助言されたにも拘らず、無視して、打ち明けてしまうのですが、いかにも、そういう立場に置かれた真面目な女性がやりそうな事でして、作者の人間観察が行き届いている感があります。

  隠し事をしたまま結婚したのでは、後々、苦しくなると思ったんでしょうが、自分の結婚相手が、それを許してくれるかどうかまで、考えが及ばなかったんですな。 なーんでも、正直に告白すればいいってもんじゃないんだわ。 だけど、殺すくらいなら、他に方法を考えた方が良かったと思いますねえ。 そういう考え方にならないのが、性格異常・精神異常者の特徴なんでしょうけど。


【車井戸はなぜ軋る】 約78ページ
  1949年1月に、「読物春秋」に掲載されたもの。

  地方の旧家、本位田家の長男、大助と、没落した秋月家の息子、伍一は、瞳が普通か二重かの違いがあるだけで、顔も体格も、瓜二つだった。 二人とも徴兵され、大助だけが、眼球を失った体で復員する。 帰って来たのは、大助に成りすました伍一なのではないかと疑念が募る中、大助が妻を殺し、車井戸に身を投げる事件が起こる。 大助の妹が、療養所に入っている次男の兄に向けて手紙を送る形で、事件の謎を解き明かす話。

  金田一も出て来ますが、単に、作家の元に、事件の資料を送ったというだけで、事件そのものには、全くタッチしていません。 恐らく、ノン・シリーズとして書いた話を、少し直して、金田一の名前を無理やり入れたんじゃないでしょうか。

  ストーリーは、よく出来ていて、アリバイ・トリックの本格推理物です。 犯人が来れないなら、被害者の方を動かせば良いという、2時間サスペンスなどでも、大変、よく使われるパターン。 なぜ、夫の方だけ車井戸に放り込まなければならなかったかが、謎を解く鍵になっていて、結構、ゾクゾク感があります。

  この話、2002年4月に、古谷一行さん主演の、≪水神村伝説殺人事件≫というドラマになっていて、私も見ています。 基本設定は、原作に近いですが、原作で謎解きをする妹が出ずに、姉が新設されているものの、謎解きは、金田一が全て担当しており、犯人も、犯行の動機も違います。 原作通りに作った方が、面白かったと思うのですが、2サスにはするには、いろいろと事情があるんでしょうな。 大助の妻の体に、痣がない事を確認する場面は、映像にすれば、ゾクゾクしたと思うんですがねえ。


【黒猫亭事件】 約127ページ
  1947年12月に、「小説」に掲載されたもの。

  東京都内、ある寺に隣接する「黒猫」という酒場の裏庭で、若い僧侶が、死体を掘り起こしたのを、通りかかった警官が目撃する。 顔が腐った死体の主は、酒場の亭主の情婦のようだったが、亭主とマダムが行方不明になっていて、はっきりしない。 マダムが、一時期、風間俊六に囲われていた関係で、風間の友人である金田一に事件が持ち込まれ、金田一が謎解きに乗り出す話。

  推理小説の命題、「顔のない死体」と、「一人二役」を組み合わせた謎で、凝っていますが、凝り過ぎて、どこが面白いのか、分かり難い話になっています。 大陸からの引揚者であるマダムと亭主の関係が、重要な意味を持っていて、それを説明するのに、全体の3分の2くらいが費やされていますが、そこが、くどいのです。 複雑過ぎて、不自然と言ってもいいほど特殊なので、謎解きをされても、面白くありません。 辻褄は合っていますが、意表を突かれるところがないんですな。

  謎解きは謎解きで、金田一が、調子に乗って、喋り過ぎており、面白いというより、白けてしまいます。 メインの長編作品では、金田一は、オマケみたいな存在で、前面に出て来る事が少ないのに対し、この作品では、ズケズケと出まくっていて、思わず、「こんなに鬱陶しいキャラだったか?」と、眉を顰め、首を傾げてしまいます。

  この作品も、古谷一行さん主演で、1978年9月に、ドラマ化されています。 「横溝正史シリーズ Ⅱ」の第7作です。 私は、見たんですが、だいぶ昔の事なので、いくつかの場面を除き、ほとんど、忘れてしまいました。 若い僧侶役で、シャアの声で有名な、池田秀一が出演していました。 池田さんは、映画≪獄門島≫にも、若い僧侶役で出ていますな。