7306 ≪横溝正史探偵小説選 Ⅰ≫

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≪横溝正史探偵小説選 Ⅰ≫

論創ミステリ叢書35
論創社 2008年8月/初版
横溝正史 著

  三島市立図書館の書庫にあった本。 「論創ミステリ叢書」は、内外の名作推理小説を、ハード・カバーの単行本で出しているシリーズで、その中の一冊です。 全集ではないので、横溝作品は、他の出版社が出していない、近年になって発掘されたものだけを収録している模様。

  解説を除いても、約530ページもあり、借りて読むなら、一回に一冊にして、時間に追われずに、じっくり楽しんで読むようにした方が、良いと思います。 私は、こんなに分厚い本だとは知らず、3冊も一遍に借りてしまい、必死の思いで読む羽目になりました。 勿体ない。

  「創作・翻案」だけでも、24作。 その後に、「評論・随筆・読物」が、44作もあり、とても、一作ごとの感想は書けません。 急いで、次を読まなければならないから、そんな手間がかかる事はやってられません。 特に気になったもの以外は、ざっくりと、全体の印象だけ書きます。

  怪盗ルパンの短編の翻案が、2作あります。 解説によると、相当、弄ってあって、改作に近いらしいのですが、恥ずかしながら、私が原作の方を読んでいないので、どの程度、変えてあるのかが分かりません。 ちなみに、原作は、【水晶の栓】と、【奇岩城】だそうです。 昭和初期の頃は、原著の訳本が出ていないものが多く、訳者が、かなりテキトーに、改作していた模様。 恐らく、著作権料も払っていなかったのではないかと思いますが、その辺の事情は、書いてありません。

  【奇岩城】を元にした、【海底水晶宮】は、舞台はフランスなのに、ルパン以外の人名が、日本人のそれになっているという、今から見ると、非常に奇妙な書き方をしています。 恐らく、昭和初期の読者は、外国人の名前を覚えるのが、洒落にならないほど苦手で、こうしなければ、読んでもらえなかったのかも知れません。 もしくは、文字数を減らす為の工夫なのか・・・。

  元の怪盗ルパン・シリーズ自体が、推理小説というよりは、謎がある冒険小説でして、そういうのが好きな読者でないと、楽しめないと思います。 どうやら、昭和初期の読者は、本格推理は、まるで読めず、こういう冒険小説タイプの話の方に、ワクワク・ドキドキしたようですな。

  この翻案2作以外は、横溝さん本人が作った短編小説です。 ほとんどが、戦前の作品ですが、由利先生や三津木俊助といった、シリーズ・キャラは出て来ず、それぞれの作品ごとに、探偵役がいたり、いなかったりと、バラバラです。 耽美主義や、草双紙趣味とも違っていて、意外な結末や、皮肉な結末をもつ、ショート・ショートに限りなく近いタイプの話が多いです。

  もしかしたら、星新一さんも、少年時代に、「新青年」などの雑誌を読んでいたのかも知れませんなあ。 とはいえ、横溝正史さんが、ショート・ショートの開祖というわけではなく、当時は、そういう、ちょっと気が利いた短編小説を、いろんな作家が書いていたのだと思います。 その後、名前が残ったのが、横溝正史さんと、江戸川乱歩さんくらいだったから、その余の作家達は、忘れられてしまったというだけで。

  「評論・随筆・読物」は、いずれも、短いもの。 昭和初期、横溝さんが、「新青年」の編集長をやっていた頃のものが多いようです。 当時の探偵小説作家の名前が、何人も出てきますが、江戸川乱歩さんを除くと、ほとんど、聞いた事がない名前ばかり。 作品も、作者の名前も、何もかも、忘れ去られてしまったんですなあ。 1970年代の大ブームで、膨大な数の読者を手に入れた横溝さんが、特別だったのでしょう。

  映画について書かれたものも多いです。 横溝さんは、戦後、自作の映画化については、権利を売ってしまったが最後、我関せずを決め込んだと、≪金田一耕助のモノローグ≫にあったので、映画に興味がなかったのかと思っていましたが、そんな事はなくて、若い頃には、見まくっていたらしいです。 小説でも、映画でも、物語全てに興味があったように見受けられます。

  ヴァン・ダイン原作の映画、≪カナリア殺人事件≫を、完全否定に近い形で扱き下ろしていますが、恐らく、腹が立つほど、出来が悪かったんでしょう。 ちなみに、戦前だと、探偵小説の映画化で、曲がりなりにも成功したといえるのは、≪マルタの鷹≫くらい。 戦後になって、≪オリエント急行殺人事件≫や、≪ナイル殺人事件≫など、アガサ・クリスティーの作品がヒットするまで、どうやれば、推理小説を、うまく映像化できるか、誰も分かっていなかったわけだ。