7257 ≪迷宮の扉≫

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≪迷宮の扉≫

角川文庫
角川書店 1979年7月/初版 1996年8月/29版
横溝正史 著

  三島市立図書館の書庫にあった本。 初版は、横溝正史ブームの後期に出ていますが、この29版は、90年代半ばと、かなり新しくて、旧版は旧版であるものの、カバー裏表紙に、内容説明が書いてあるタイプになります。 裏表紙の下の方に、「汚破損あり 修理不要」のシールが貼ってありますが、勝手に本を修理しようとする利用者向けに書かれたものなのか、図書館の処置分類の為に書かれたものなのか、判断つきかねます。

  長編1、短編2の、計3作収録。 少年向け雑誌に書かれたものであるせいか、旧版にしては、解説が、中島河太郎さんではなくて、作品データが載っていません。


【迷宮の扉】 約196ページ
  戦時中の部下から恨みを買って、姿をくらましている資産家が、シャム双生児として生まれた息子二人を、分離手術の後、互いに憎み合っている、亡妻の兄夫婦に、別々に預け、三浦半島と房総半島の突端に建てた、屋敷で育てて貰っていた。 三浦半島の屋敷で、年に一度、誕生日に訪ねて来る、父親からの使者が殺される事件が起こり、房総半島の屋敷は、火事で全焼する。 父親が都内に建てた左右対称の屋敷に移り住んだ関係者一同が、父親の残した恐ろしい遺言に翻弄される話。

  ややこしい。 こんな梗概では、何がなんだか、さっぱり分かりますまい。 設定だけは、有名長編に負けない複雑さをもっています。 「恐ろしい遺言」というのは、【犬神家の一族】のそれと、酷似しています。 また、双子に、それぞれ、そっくりに作った屋敷を与え、移り住んだ先も、左右対称の建物の両翼という、「病的な公平さ」は、戦前に書かれた、【双仮面】に似ています。

  設定が複雑なだけでなく、そこそこの長さがあるので、描きこみも丁寧で、読み応えがあります。 ただ、半島突端の屋敷が舞台になるのは、最初の頃だけで、主な舞台は、都内の屋敷になり、地方情緒が欠けるのは、いささか、興を殺がれるところでしょうか。 半島突端同士では、あまりにも距離が離れていて、犯罪を行なわせるにも自由が利かぬと思い、途中で、舞台を変更したのかも知れません。

  中学生向けの雑誌に掲載されたらしいですが、それは、解説で知った事で、言われなければ、大人向けの作品と、区別が付きません。 強いて挙げるなら、設定が、あまりにも、図式化し過ぎているところが、リアリティーを損ない、大人向け作品の批評に耐えられないと言えないでもないです。


【片耳の男】 約20ページ
  ある青年が、たまたま、チンドン屋風体の男に襲われていた少女を助ける。 その少女と兄の元に、「父親の遺産を渡すから、訪ねて来るように」という手紙が来て、青年が付き添いとしてついて行ったところ、その相手はすでに事切れており、資産の隠し場所が分からないという下男だけがいて・・・、という話。

  ページ数を見ても分かるように、こくごく、ささやかな作品で、謎解きのアイデア一つだけを元に、小説に仕立てたもの。 ネタバレを断るまでもなく、父親の船の名前が、「北極星」、資産を隠した屋敷の名前が、「七星荘」で、庭に天女の像が、7体配置されていると聞けば、どこに隠してあるかは、子供でも分かります。 まあ、子供向け作品だから、それでいいんですけど。


【動かぬ時計】 約16ページ
  父と二人だけで暮らしている娘に、年に一回、誰とも分からぬ相手から、贈り物が届けられていた。 その中の一つ、お気に入りの金時計が、ある時、動かなくなってしまい、修理するつもりで裏蓋を開けたら、見知らぬ女性の写真が入っていた。 後になって、時計が壊れたのと同じ頃に、その女性が他界していた事を知る、という話。

  おっと、梗概で、ネタバレさせてしまいましたな。 しかし、そもそも、推理小説ではないから、ネタバレも何もありゃしません。 見知らぬ女性は、たぶん、母親なんでしょう。 雰囲気的には、少女小説と言ってもいいですが、別に、主人公が、少年であっても成り立つ話でして、分類に困るところ。

  大変、繊細な心理を扱っているので、当時、これを、子供向け雑誌で読んだ人達は、横溝さんが書いたものと知らぬまま、後年になるまで、はっきり記憶しているんじゃないでしょうか。 そんな事を想像させる作品です。