7243 ≪死仮面≫

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≪死仮面≫

角川文庫
角川書店 1984年7月/初版 1996年5月/15版
横溝正史 著

  三島市立図書館の書庫にあった本。 横溝正史ブームの末期に出された文庫で、ほぼ同じ形で、90年代半ばまで、重版が続いていた事が分かります。 購入されてから、23年経っているものの、書庫にしまっておくのが勿体ないような、綺麗な本。


【死仮面】 約160ページ
  1949年(昭和24年)5月から、12月まで、中部日本新聞社刊、「物語」に連載されたもの。 この作品、地方雑誌の連載だった関係で、その後、行方知れずとなり、中島河太郎さんが発掘したものの、第4回分が欠けていて、なかなか見つからないので、中島さんがその分を補って、出版したとの事。 すでに、その時、横溝さんは亡くなっていて、見せる事ができなかったそうです。 その後、第4回分も発見されて、1988年に、春陽文庫に収められたそうですが、そちらは、私は読んでいません。

  芸妓だった母親から、それぞれ、父親を別にして生まれた三姉妹の内、長女は、父方から名門学校・校長の地位を受け継ぎ、次女も、その学校で教師として働いていた。 三女だけが、母親の元で育ち、その後、食い詰めて、母と共に長女の元に逃げ込んできていた。 その三女が失踪し、岡山に住む美術家の男から、三女を看取ったと言って、そのデス・マスクが届けられた。 次女からの依頼で、事件に関った金田一が、学校の寮を舞台に、錯綜した謎を解いて行く話。

  以下、ネタバレ、あり。

  160ページあれば、確かに、長編で、それが、数十年ぶりに発掘されたわけですから、当時のファンは、大喜びしたと思うのですが、出来の方は、素晴らしいとは言いかねます。 デス・マスクを道具にしたトリックのアイデアは、【生ける死仮面】のそれと、部分的に重なるものの、腐乱死体と、デス・マスクが、別人のものという点だけで、こちらの話では、デス・マスクが果たしている役割が、かなり薄いのです。

  犯人の目的は、校長を脅迫する事だったのですが、校長は、デス・マスクが誰から送られて来たか、承知しているわけで、犯人側が、岡山の美術家の存在を、なぜ、捏造しなければならなかったのか、それが分かりません。 警察や探偵を騙す為としか思えないわけですが、そもそも、そんな余計な小細工を弄するから、バレるんでしょうが。

  金田一も、出番多く、活躍しますが、サスペンス的な活劇部分も少なくなくて、そちらの中心人物は、女学生の一人です。 この人物、最後になって、学校の正統な後継者という事になるのですが、母親が、殺人犯である事に変わりはなく、金田一の言うように、立派な教育家として、学園を立て直せるとは、とても思えません。 いろいろなところに、無理がある。

  横溝さん、さんざん、筋を捏ねくりまくって、何とか、小説の形にしたものの、どうにも、すっきりせず、「失敗作」のつもりでいたから、発掘して、文庫に収録するのに、消極的だったのかも知れませんな。 晩年に、改稿するつもりだったらしいですが、その前に、筆を取れない健康状態になってしまったのだとか。 他人事ながら、こんな、縺れに縺れてしまった話を、書き直すと思うと、熱が出て来そうです。

  上述したように、この作品には、オリジナル版があるわけですが、途中回が違っているだけだから、ストーリー全体に、大きな異同はないと思います。 わざわざ、読み比べるほど、凄い話ではないです。


【上海氏の蒐集品】 約64ページ
  1980年(昭和55年)7月・9月に、「野性時代」に分載されたもの。 しかし、未発表原稿の一つで、書かれたのは、昭和40年前後と思われるとの事。 ちなみに、昭和40年は、1965年になります。

  戦後、記憶喪失になって、上海から復員して来た男が、絵がうまかった事から、画家をやって、暮らしていた。 やがて、画家は、団地建設用地に、田畑を売って金持ちになった農家の後家の娘と仲良くなったが、その娘には、母親に対して良からぬ魂胆があり、遅れ馳せながら、犯罪を止めようとした画家だったが・・・、という話。

  団地建設の様子は、【白と黒】にも出て来ますが、ほぼ、同じ時期に書かれたのではないかと思います。 【白と黒】は、1960年11月から、1961年12月までの発表ですから、この作品も、その頃に近いでは? 憶測に過ぎませんけど。 団地建設による、見慣れた風景の急激な変容は、横溝さんの心に、少なからぬ衝撃を与えたのだと思うのですが、そうそう、長期間、その印象が続くとも思えないので。

  とにかく、風景描写が細かいです。 冒頭からしばらくは、ストーリーなんて度外視して、団地建設の描写に夢中になっている感じがします。 だけど、読者の方は、そういう光景を見た事がある人ばかりではありませんから、特段、興味がない事を、じっくり読むのは、ちと、辛いですなあ。

  以下、ネタバレ、あり。

  話の方は、正に、取って付けたように、中ほどから、急に進み始めますが、会話が多く、ストーリー性は希薄です。 ラストで、主人公の素性が明らかになるものの、蓋を開けてみれば、割と良くあるパターン。 どちらかと言うと、草双紙的な、安易な結末ですな。 何より、残念なのは、作中人物の誰も、主人公の素性を知らないまま、話が終わってしまう事です。 人の一生を描いているのに、「本当の事は、読者だけが知っている」というのは、何となく、寂しくはないですかね?