7215 ≪呪いの塔≫

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≪呪いの塔≫

角川文庫
角川書店 1977年3月15日/初版 1996年1月20日/26版
横溝正史 著

  三島市立図書館にあったもの。 蔵書整理がバー・コード化された後で、購入されたからだと思いますが、スタンプの類いは、一切押してありません。 カバーの上に、透明の粘着カバーを重ねてあり、程度は、大変良いのですが、なぜか、書庫に入っていました。 つまり、横溝作品を読みたがる人が、それだけ、減っているという事なのでしょう。

  新潮社が、1932年(昭和7年)4月から、翌年にかけて、刊行した、探偵小説の「書き下ろし長篇全集」、全10作の内、1932年8月に、第10作として、発表されたもの。 他の作品は、他の作家が書いています。 文庫本にして、約390ページもある、堂々たる長編。 戦前、しかも、耽美主義時代より前に、こんな作品があったとは、つゆ知りませんでした。


  軽井沢に滞在していた、探偵小説作家、大江黒潮が、同じく、軽井沢へロケに来ていた映画関係者の面々や、東京から呼び寄せた探偵小説仲間と共に、犯罪推理ゲームを計画する。 そのゲームは、別荘地の近くの、遊戯施設の廃墟内にある、入り組んだ構造の建築物、「バベルの塔」で行われたが、展望台にいた、被害者役の大江本人が、本当に殺されてしまい、更に、犠牲者が続く。 大江に小説のアイデアを与えていた、書かざる探偵小説作家、白井三郎が、東京に戻ってから、謎を解き、真犯人を炙り出す話。

  本格物です。 ただし、犯人側が仕掛けるトリックは、ありません。 探偵側が、謎を解いて行き、犯人を捕らえる為に、罠を仕掛けるだけです。 バベルの塔という、奇妙な建築物を、わざわざ設定した点は、ちょっと、ズルっぽく感じられますが、恐らく、怪奇な雰囲気が欲しいから入れたものであって、これがもし、普通の建物の廃墟であっても、話は成立したと思います。

  驚くのは、小説のスタイルが、大変、洗練されている事でして、「ほんとに、1932年の作か?」と、何度も、解説を見返して確認する事になります。 1970年頃に書かれたと言われても、おかしいと思わないくらい、新しい。 登場人物に和服姿の者が多かったり、煙草の銘柄が古かったり、公衆電話を、「自動電話」と書いたりしているから、大昔の話だと思い出す程度。

  犯人側のトリックはないし、謎も、あっと驚くようなものではないから、傑作と言うわけには行きませんが、ストーリーの語り方が巧みなのは、否定のしようがないところでして、先へ先へと、自然にページをめくってしまう点、横溝さんの長編としては、ダントツなのではないかと思います。
  
  この「書き下ろし長篇全集」というのは、大急ぎで刊行されたせいで、作家の執筆が間に合わず、代作者を立てる作家が続出したそうですが、もしや、この作品も、誰か、別の人が書いたのではありますまいか? だって、これだけ、新しいスタイルで、本格物を書いた人が、その後から、耽美主義や、草双紙趣味の作品を書きますかね? 【真珠郎】と比べても、こちらの方が、遥かに面白いです。

  これだけ面白いのに、映像化されていないのは、勿体ないですが、恐らく、バベルの塔を作るのに、予算を食われてしまうからでしょう。 だけど、前述したように、普通の建物でも、話は成立しますよ。 もっとも、第二部の方に、見せ場が少ないから、頭でっかちな作品になってしまうと思いますけど。