7180 ≪火と汐≫

画像

≪火と汐≫

文春文庫
文藝春秋社 1976年2月25日/初版 1978年9月15日/7版
松本清張 著

  清水町立図書館にあった本。 「清水町公民館図書室 昭和56年5月21日」のスタンプあり。 昭和55年は、1981年。 カバーはないです。 中編1、中編3の、計4作を収録しています。


【火と汐】 約116ページ
  1967年(昭和42年)11月、「オール読物」に掲載されたもの。

  夫が、油壺と三宅島を往復するヨットレースの出場している数日の間に、浮気相手と京都へ旅行に行っていた妻が、大文字焼きの見物中に姿を消し、その死体が、浮気相手の住居の近くで発見される。 当初、浮気相手の男が疑われるが、二人の刑事が、夫の方が動機が強いと当たりをつけ、殺害時刻に海の上にいたという鉄壁のアリバイを崩そうと試みる話。

  この話、ドラマ化されたものを見た事があります。 1996年と2009年で、2作あるようですが、どちらを見たのかは、忘れてしまいました。 他に、西村京太郎さんの≪赤い帆船≫の中に、この作品そのものが小道具として登場した事で、より強く、印象に残っています。 ちなみに、タイトルの「汐」は、ヨット・レースの事ですが、「火」というのは、大文字焼きの事。

  ネタバレしていても、充分面白いから、書いてしまいますが、海の上にいたのだから、京都へ行けるわけがないのに、そこを、巧みなトリックを使って、行き来を可能にしたというのが、作品の特徴です。 鉄道の時刻表トリックのアレンジと言えば言えますが、舞台を海の上に移し、空路まで絡めて、「ありえなさ」をより増幅した事で、読者の意表を衝く事に成功しています。

  面白いのですが、結末が、逮捕に至らないのは、ちと、釈然としないところ。 こんな幕切れを選ぶ人間なら、そもそも、こんなに凝った計画殺人なんて、目論まないでしょうに。 離婚してしまった方が、遥かに、賢いです。


【証言の森】 約58ページ
  1967年(昭和42年)8月、「オール読物」に掲載されたもの。

  昭和10年代後半、妻殺しの容疑で逮捕された男が、容疑を否認したり、認めたり、何度も証言を修正した挙句、結局、起訴されて、有罪判決を受け、刑務所送りになる。 その後で、自分が真犯人だと出頭してきた男がいたが、警察に取り合ってもらえないまま・・・、という話。

  これは、面白い。 全体の9割くらいは、冤罪物の趣きで、夫の境遇に同情し、警察や司法関係者のいい加減さに、義憤を感じているのですが、終わりの1割で、作者の意図が分かると、一転、冤罪だろうが、そうでなかろうが、全くどうでもよくなってしまいます。 これは、鮮やかだわ。 価値観が、180度引っ繰り返るのだから、こんな小説は、なかなか、ありません。


【種族同盟】 約58ページ
  1967年(昭和42年)3月、「オール読物」に掲載されたもの。

  旅行客の女を、暴行殺害した容疑で、旅館の番頭兼雑用係をしている男が逮捕される。 その国選弁護を引き受けた弁護士が、過去にイギリスで起こった判例を参考に、男の無実を主張して、裁判に勝ち、その後、男を自分の事務所に雑用係として雇ってやるが、男の態度が、だんだん図々しくなって来て・・・、という話。

  ネタバレさせてしまいますと、被告が真犯人なのに、たまたま、そっくりな事件の判例があったせいで、それに倣って、無罪にしてしまい、後で真相が分かって、とんでもない事になるという流れです。 皮肉な結末は、松本清張作品の特長ですな。 面白いのですが、その後どうなったのかを書いていないのが、少し物足りないです。


【山】 約62ページ
  1968年(昭和43年)7月、「オール読物」に掲載されたもの。

  温泉宿に逗留していた元新聞記者の男が、近くの山奥で、女の死体を発見し、その関係者と思われる人物を目撃する。 その後、旅館の仲居と連れ立って東京に出た男が、たまたま、山の中で見た死体の関係者の正体を知り、恐喝して出資させた金で、雑誌を立ち上げ、その編集長に納まる。 さらに金を引き出すつもりで、雑誌の表紙に、その山の絵を出したところ、死体の女の姉が、たまたま、その絵を目にして・・・、という話。

  松本清張さんの短編で、最も有名な作品に、【顔】(1956年8月発表)というのがありますが、思いもしないところから、過去の犯罪が露見するというアイデアは、ほぼ、同じです。 アレンジすれば、同じアイデアで、いくらでも、同種の短編を作れると思いますが、松本清張さん以外の人間がそれをやると、「これは、【顔】のアイデア盗用だね」の一言で、片付けられてしまうでしょう。

  この作品について言うなら、アレンジの設定が複雑過ぎて、逆に、不自然になっているところが目立ちます。 綻びの発端は、意外であればあるほど効果的とはいえ、その為だけに出した登場人物が三人(雑誌の記事の執筆者/若い編集者/画家)もいて、キャラの中途半端な描き込みが、鬱陶しく感じられます。