エア・フィルターで悩む。≪インサイド・ヘッド≫。


  今日も晴れて、猛暑に。


  午前中、外掃除の後、暑くなりきらない内に、旧母自で出かけ、沼津市街の西の方にある、ホーム・センターに行って来ました。 エア・フィルターを探しに行ったのですが、売っていませんでした。 オイル・フィルターなら、その店のが、実店舗の中で、一番安いので、期待して行ったんですが、残念。


  午後は、横山へ。 ちょっと、体力の使い過ぎかも知れません。 帰って来て、一服してから、週末作業。 きつい。


  さて、エア・フィルターを買うとしたら、ネットが一番安いと判明したわけですが、どうしたものか・・・。 ベルトと違って、ただのフィルターですから、交換したとしても、劇的に性能が上がるわけではありません。 また、汚れていると言っても、ベタベタの真っ黒ではないので、たぶん、交換しないまま乗り続けても、私が車を手放すまで、それで済んでしまうでしょう。

  換えた方が、エンジンにはいいと思うのですが、何と言っても、高齢車ですから、そーんなに細かい所に気を使わなくてもいいような気もします。 そもそも、ベルト交換作業中に、蓋を開けてしまったから、汚れに気づいたのであって、蓋を開けなかったと思えばいいのではないかと・・・。 そういう問題ではないかな?

  とりあえず、今回は見送って、来年、車検の前に、もう一度考えて、そこで決める事にしても良いのですが・・・、それでは、なんとなく、物足りないような感じもするのです。 エア・フィルターの場合、クリーナーの蓋を開けるだけで、簡単に交換できるのですが、どうも、私は、そういう安直な整備をやりたがっているのではないかと思います。

  つまり、遊び半分なのでして、遊びの為に、お金を使うのはいかがなものか。 しかも、1500円というのは、けして、安い金額ではありません。 いやあ、次から次に、車関係で、悩み事が続きますなあ。



≪インサイド・ヘッド≫ 2015年 アメリカ
  ディズニー・ピクサーのCGアニメ。 原題は、≪INSIDE OUT≫で、この言葉は、「裏返しに」という意味の副詞句です。 何が言いたいのか、よく分からない題ですな。 邦題の方が、映画の内容にイメージが近いですが、それは、日本人の感覚でして、「INSIDE HEAD」では、「内側の頭」という意味になってしまい、英語としては、たぶん、意味が通らないと思います。

  ライリーという名の女の子が、11歳の時に、ミネソタからサンフランシスコに引っ越した事で、精神状態が不安定になったのを、彼女が生まれて以来、頭の中の司令室で、彼女の行動を操作して来た、ヨロコビ、カナシミ、イカリ、ヒビリ、ムカムカの五つの感情が、必死に立て直そうとする話。

  「自分が、体の中にいる誰かに、操縦されている」という考え方は、子供の頃に、かなり多くの人が抱いた事があると思うのですが、それをそのまんま、映画のアイデアにしたわけで、なんだか、ちと、恥ずかしくなってしまいます。 ちなみに、この作品には、≪マルコヴィッチの穴≫のような、シュールな味わいは、全くないです。 見せ場は、司令室から外へ吸い出されてしまったヨロコビとカナシミが、ライリーの精神世界を突破して、司令室に戻るまでの、冒険アクションです。

  物語設定の発想が子供っぽい点にも、抵抗が大きいのですが、各キャラクターの担当する感情が固定してしまっているせいで、人間ドラマが不完全燃焼しており、ストーリー展開も喰い足りないです。 また、ライリー本人のキャラが、薄っぺらで、何の魅力も感じません。 顔も可愛げがないし。 両親も、絵に描いたようなステレオ・タイプ。 駄目駄目ですな。

  一番ひっかかるのが、ビンボンという象のようなキャラでして、ライリーの精神世界で、ヨロコビとカナシミの道案内役をするのですが、出て来た瞬間に、彼の行く末が予測できてしまって、げんなりします。 そして、案の定、見るも残酷な退場の仕方になります。 感動した人もいるでしょうが、それは、何かを得た感動ではなく、失った感動でして、そんな場面ばかり見ていたら、鬱病になってしまいます。

  この作品、本国では、いくつも賞を獲ったらしいのですが、何がそんなに気に入られたのか、さっぱり分かりません。