6389 ≪地下室の記録 【新訳】≫
≪地下室の記録 【新訳】≫
集英社 2013年
フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー 著
亀山郁夫 訳
沼津市立図書館の、青春本特集コーナーにあった、単行本。 ≪地下室の記録≫という書名ですが、一般的には、≪地下室の手記≫という名前で知られている作品です。 発表は、1864年。 流刑・軍役時代の後、後期の代表的長編群の前に書かれたもの。
第一部【地下室】は、勤めていた役所を辞め、地下室的な自分の精神世界に閉じ籠って暮らしている、40歳の男が、うまくいかない他人との関係に悩み、問題の根源を人類全体の特質にまで広げて、ああだこうだと、理屈を並べる話。
第二部【ぼたん雪にちなんで】は、まだ勤めていた若い頃、ぼたん雪の降る日に、学生時代の同級生の送別会に無理やり参加して、醜態を曝した上に、若い娼婦を相手に、青臭い理屈を並べ立て、惨めさのどん底に落ち込む話。
第一部は、小説とは言い難いです。 自分の性格分析をしたり、その頃、流行っていた思想について、理屈を並べているだけ。 何だか、自分の事を、知性と教養に溢れていると思い込んでいる高校生が、頭に浮かんだ事を、垂れ流しているような、稚拙この下ない印象を受けます。 その嫌らしさたるや、小学生の模範児童的作文にも劣る。
作者自身が、43歳の時の作品で、すでに、文壇に名が売れていたから、これでも通ったんでしょうが、もし、無名の人間が、新人賞の応募作として送ってきたら、編集者による篩い分けで落とされるのは当然として、よほど親切な編集者なら、「あなたの作品は、小説とは言えません。 もっと、いろいろな作品を読んで、勉強し直すように」と、アドバイスしてくれるかもしれませんが、普通の編集者なら、無言で、ゴミ箱にポイですな。
第二部は、形だけは、小説っぽいですが、主人公の、やる事、なす事、考える事、口にする事、一点たりとも、正気とは思えず、狂人の生態を観察した記録そのものになっています。 それがまた、一人称で書いてあるから、こっちまで、狂人の相手をさせられているようで、時間の無駄、人生のロスを感じてしまうんですわ。
ほんのちょっとでも、共感できるところがあれば、まだ、評価のしようもあるんですが、あまりにも、駄目人間過ぎて、「地下室に籠るくらいでは足りぬ。 いっそ、埋めてやった方がいいのでは?」と思ってしまうから、ムカムカと腹が立ちこそすれ、感動なんて、全くしません。 人に説教なんて、できる人間か? 実際、当人が書いているように、ハエ同然、いや、ハエ以下ではないですか。
こんなムチャクチャな作品を、絶賛した編集者や著名作家がいたというから、他人の考えている事は分かりません。 その人達も、狂人なんですかね? 人生の一時期であっても、この主人公みたいな事をしていたんでしょうか? そりゃまた、迷惑千万な事ですなあ。 呆れて、ものが言えない。
