6080 ≪剣の八≫

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≪剣の八≫

ハヤカワ・ミステリ文庫
早川書房 2006年
ジョン・ディクスン・カー 著
加賀山卓朗 訳

  1934年の発表。 ディクスン・カー名義なので、探偵役は、フェル博士。 フェル博士の登場作品としては、23作中、3作目だそうで、かなり、早い方です。 文庫で、337ページ。 タイトルの読み方は、「つるぎのはち」です。 ≪剣の八≫というのは、タロット・カードの札の名前で、話の内容と、ほとんど、関係ありません。 このタイトルに騙されて、えらい深みのある傑作なのではないかと期待してしまったのですが、少なくとも、タイトルのイメージとは、まるで違う話でした。

  グロースターシャーにある、スタンディッシュ大佐の屋敷で、離屋に住んでいたアメリカ人の男が殺され、ハドリー警部に依頼されたフェル博士が出向いて行くが、その屋敷には、他に、犯罪学の権威である主教と、その後を継ぐべく、犯罪学を学んだ息子、人気がある推理作家、地元の警部などが集まる事になり、寄ってたかって、事件を解決して行く話。

  何だか、事件の内容自体には何も触れない梗概になってしまいましたが、なんつーかそのー、事件の方は、全然、大した事はないのです。 謎と言えば、人物の入れ替わりが使われている程度。 他に、鍵の謎があるものの、「犯行に出かけている間に、なくした」などという、御都合主義としか言いようがない扱い方をしてあって、やっつけもいいところです。

  中心になって謎を解くのはフェル博士ですが、他の探偵もどきの連中が、妙に鬱陶しく、そいつらの推理が全て外れると言うのなら、まだしも、部分的に正しかったりするから、何だか、もやもやします。 彼らは、フェル博士の引き立て役として出て来ているのではないわけです。 解説を読んだところ、「探偵がいっぱい」というカテゴリーがある事を初めて知り、単に、それに属するだけだと分かりました。 馬鹿馬鹿しい。 映画の≪名探偵登場≫のように、コメディーなら、まだ分かりますが、シリアスな推理物で、そんな事をやるとは。 一体、何のメリットがあるのか、皆目、分かりません。

  フェル博士は、早々に、犯人が誰か、目星をつけてしまうのですが、それを証明する為に、罠を仕掛けて、犯人に、もう一度、殺人を試みさせるというのは、無茶もいいところ。 後で、やり方がまずかった事を、フェル博士自身に認めさせていますが、こんな危険な事をするのは、名探偵として、失格なのではないでしょうか? そういや、10年後の作品、≪死が二人をわかつまで≫でも、同じような事をやっていますが、反省がないですな、博士も、作者も。

  他に、気になったところというと、主教の息子が、フェル博士の指示を受けて、夜中に、問題人物を尾行する場面だけ、スパイ物風の描写になっていて、何だか、浮いてしまっています。 描写のばらつきは、他にも見られ、主教の息子が、大佐の娘に初めて会う場面など、観察が細か過ぎて、他から浮いており、「この娘は、犯人じゃないな」と、逆に見透かせてしまいます。

  相変わらず、カーの作品は、「バラバラ」という感じがしますねえ。 面白いと思ったのは、ロシア文学を貶す会話が出て来るところで、登場人物達に語らせているものの、これは、カーの本音でしょう。 たぶん、カーには、ロシア文学が、全く理解できなかったと思うのですよ。 それなのに、ロシア文学の方が、英米文学より、遥かに評価が高いから、憤慨してたんじゃないですかね? だけど、ヘミングウェイや、ブロンテ三姉妹が言うならともかく、推理作家のカーが、ロシア文学を扱き下ろしても、あまりにも、掛け離れ過ぎていて、「資格外批判」としか思えません。